アンチョビは、塩の代わりになる|イタリア料理人と、隠し味の名脇役たち
こんばんは、ひろしです。
今日のテーマは、アンチョビとケッパー。
イタリア料理の「隠し味」と呼ばれることの多い、ふたつの名脇役の話です。
結論から言うと。
アンチョビは、塩の代わりになります。
だから僕は、塩を引いて、アンチョビを足します。
ケッパーは、酸味と風味の調味料です。
煮込み料理にも、よく合います。
隠し味というより、料理の設計に最初から組み込む食材。
説明していきます。
― 先に、結論だけ ―
塩を引いて、アンチョビを足す。
押すと、その説明に飛びます。

途中の「寄り道」は、たたんであります。気になったところだけ、開いてみてください。
オイルサーディンを買ってしまった話
まず、恥ずかしい話からはじめます。
修業時代のことです。
アンチョビを買ってこようとして、オイルサーディンを買ってしまいました。
缶のデザイン、そっくりなんですよ、、、
でも中身は、まったくの別物です。
アンチョビは、片口鰯を塩漬けにして、何ヶ月も熟成させてからオイルに漬けたもの。
いわば、魚の生ハムです。
オイルサーディンは、鰯を油で煮たもの。
こちらは、そのまま食べる料理です。
似た缶に入っているのに、片方は調味料で、片方はおかず。

あの日の失敗のおかげで、この記事が書けています(笑)
アンチョビの正体——旨みと、塩気
アンチョビの使い方の基本は、オイルの中で熱して、溶かすことです。
にんにくと一緒にオイルでゆっくり温めると、フィレがほどけて、オイル全体が旨みに変わります。
ここで大事なことがひとつ。
アンチョビは、旨みが強い。
でも同じくらい、塩気も強い。
だから僕は、アンチョビを入れる料理では、塩を「アンチョビの分」だけ引きます。

旨みを足す食材ではなく、塩気ごと設計する食材。
そう考えるようになってから、アンチョビの料理は失敗しなくなりました。
選び方——いつもの缶と、憧れのカンタブリア
僕がずっと使っている缶
店で使っているのは、イタリア製の大きな缶です。
ヴァチカンという銘柄の、750g缶。
シチリア・パレルモ近郊の町で作られていて、日本のイタリアンの厨房では定番中の定番です。
大きい缶で買う理由は、単純にコスパ。
それと、シチリアの塩漬け熟成の味が、料理に溶かしたときに一番「イタリア」になるからです。

家庭なら、同じシチリア産の小さい瓶
家で使うなら、750gの缶は大きすぎます。
家庭なら、同じシチリア産の小さい瓶がいいと思います。
憧れのカンタブリア産
アンチョビの世界には、もうひとつの聖地があります。
スペイン北部、カンタブリア海。
冷たい海で身の締まった片口鰯を、春の漁だけで獲る。
塩漬け熟成は最低6ヶ月、高級品は1年近く。
そのあと、職人さんが1尾ずつ手作業でフィレにする。
味の形容は「生ハムや刺身のような口当たり」。
シチリア産が「料理に溶かすアンチョビ」なら、カンタブリア産は「そのまま食べるアンチョビ」です。
そして、この話には続きがあります。
カンタブリアの高級アンチョビ産業を生んだのは、じつはイタリア人なんです。
寄り道|スペインの宝物は、シチリアの手仕事から生まれた(絵本・4ページ)

1883年ごろ、シチリアから渡った塩漬け職人のジョヴァンニ・ヴェッラが、「フィレにしてオイルに漬ける」という今の形を考案しました。

彼は地元の女性ドロレスと恋に落ちて、その町に住みつきました。

そして1900年ごろ、妻の名前を冠した工場を建てた。

スペインの宝物は、シチリアの手仕事から生まれた。
、、、いい話じゃないですか?
正直に書きます。
僕はまだ、カンタブリア産をちゃんと食べたことがありません。
次に取り寄せたいのは、これです。
一緒に憧れましょう(笑)
いちばん贅沢なのは、自家製です。
ただしこれは、新鮮な片口鰯が手に入ったときだけ作れる、季節の贅沢。
作り方は、たたんでおきます。
寄り道|自家製アンチョビ——いちばん贅沢なやり方

僕が修業先で習ったやり方は、こうです。
- 鰯は、一度冷凍してから使う(−20℃で48時間以上。アニサキス対策です。下の注意書きもどうぞ)
- 解凍したら、内臓ごと粗塩に漬ける(鰯の重さの3〜4割の塩。水で洗わず、拭くだけ)
- 重しをして、冷蔵庫へ
- 2ヶ月待つ(最低でも1ヶ月半)
- 塩から出して、内臓を出し、骨を手で取り除く
- オリーブオイルに完全に沈めて、冷蔵保存

内臓ごと漬けるのは、内臓の酵素が熟成を進めてくれるから。
イタリアの樽仕込みと同じ、旨みを最優先にした昔ながらのやり方です。
早めに食べれば、新鮮な風味。
寝かせれば、熟成の深み。
どちらも正解です。

自家製で作るときに、知っておいてほしいことが3つあります。
- 鰯は一度冷凍してから使うこと(−20℃で48時間以上。家庭の冷凍庫なら丸2日以上)。アニサキス対策です。厚生労働省の目安は「−20℃で24時間以上」。家庭の冷凍庫は、扉の開け閉めで温度が上がりやすいので、余裕をみています。厚生労働省によると、塩や酢では死なないことがあるとされています。昔ながらのレシピには書かれていないことが多いのですが、今作るなら、このひと手間を挟むのが安心です。
- 塩はケチらないこと。塩が保存性の要です。
- オイル漬けにしたら必ず冷蔵し、鰯がオイルから顔を出さないように。生のにんにくを一緒に漬ける場合は、早めに使い切ってください。
少しでも違和感があれば、口にせず処分を。心配な方は、市販品で十分美味しいです。

塩が消えたメモ——僕のジェノヴェーゼ
その考え方の行き着いた先が、僕のペスト・ジェノヴェーゼです。
はじめてペスト・ジェノヴェーゼを知ったとき、その美味しさに衝撃を受けました。
それ以来、ずっと作り続けてきた料理です。
レシピとして書き留めたのは、だいぶ後になってから。
手元に、そのときのメモが残っています。
2018年8月のメモには、材料の最後に「塩」と書いてある。
同じ年の10月のメモ。
「改」と丸で囲んだ字の横で、塩が消えています。
そのかわり、アンチョビが30gから44gに増えている。

塩気は、アンチョビのみ。
何年も作り続けて、最後に辿り着いたのが、そこでした。
分量と作り方は、別の記事にまとめました。
バジルの下ごしらえや、松の実の買い方も、そちらに。
* * *
ケッパーは、花のツボミ
ケッパーの正体を知ったとき、僕は驚きました。
あれ、花のツボミなんです。
咲く前のツボミを、ひとつひとつ手で摘んで、塩漬けや酢漬けにする。
咲いたら終わり。
だから収穫の時期は、待ってくれない。
花のツボミを食べようと考えて、それを産業にまでしたイタリア人(だけじゃないかもしれないけど)の食へのこだわりには、敬意しかありません。
、、、まあ、スパイスの記事で書いたサフランは「めしべ」なので、あちらのほうが一枚上かもしれませんが(笑)
塩漬けと酢漬け、どっちを買う?
ケッパーには、塩漬けと酢漬けがあります。
本場は塩漬け、というイメージがあるかもしれません。
でも要は、使い分けです。
- 酸味がほしいとき → 酢漬け(そのまま使える)
- 塩気と風味がほしいとき → 塩漬け(水につけて塩抜きしてから使う)
塩漬けのほうが、大きくて立派なツボミが多い印象があります。
有名なのは、シチリアの離島・パンテッレリーア島のもの。

使いどころ——ケッカソースから、肉じゃがまで
ケッパーの出番は、すぐには数えきれません。
ケッカソース。
タルタル。
アクアパッツァ。
鶏肉のミルク煮込み。
魚にも、肉にも、ソースにも合います。
最近は手に入りやすくなったぶん、「買ったはいいけど、使い道に困っている」という家庭も多いと思います。
おそらく、家にあるのは酢漬けが多いはず。
だったら、思い切っていろんな煮込み料理に入れてみてください。
酸味が入ると、味が締まって、肉がやわらかくなります。
肉じゃがにも、合うと思いますよ。
ケッパーの肉じゃが。ぜひ一度。
ケッカソースは、20年前のメモ帳の、最初のページに書いてあったソースです。
寄り道|背中で教わったソース——20年前のメモ帳
先日、壊れたiPadの中から、昔のデータを救い出しました。
その中に、一冊のメモ帳のスキャンがありました。
黒い表紙に、オレンジの縦ライン。
キャリアの一番最初、viva la vita時代に使っていたメモ帳です。
開いて最初のページに、こう書いてありました。
カッペリーニの冷製 —— ケッカソース
生トマトを湯むきして、塩をまぶして脱水。
ケッパーとオリーブオイルをまぜて、ちぎったバジリコと、少しのバルサミコ。
冷たいカッペリーニとあえる。
これは、当時の先輩に教わったソースです。
言葉で教わったんじゃない。
先輩が作るのを見て、覚えました。

20年経った今も、夏になるとこのソースを作ります。
このソースのレシピも、いつか、ちゃんと記事に書くつもりです。
アンチョビとケッパー、ふたつを使うナポリのナス料理も、記事にしました。
保存は、清潔な道具で
アンチョビもケッパーも、開封後は冷蔵庫へ。
そして使うたびに、洗った清潔な箸やスプーンで取ること。
それだけで、基本、最後までもちます。
料理の世界の保存の基本は、じつはこれだけです。
特別な道具より、清潔な道具。
名脇役の仲間たち
最後に、アンチョビとケッパーの仲間を、少しだけ紹介します。
アンチョビを熟成させたときに生まれる、イタリアの魚醤「コラトゥーラ」。
それから、肉料理のソースに少し足す、シチリアの「カッルーバ」。
寄り道|コラトゥーラと、カッルーバ
コラトゥーラ。
アンチョビを熟成させたときに生まれる、イタリアの魚醤です。
イタリア語でアンチョビは、アリーチェ(複数だと、アリーチ)。
コラトゥーラ・ディ・アリーチは、「アリーチの滴り」という意味です。
ちなみにこの alice という言葉、古代ローマの魚醤の澱(おり)を指すラテン語に由来すると言われています。
名前の中に、魚醤の記憶が残っている。
カンパニア州のチェターラという小さな港町のものが有名で、パスタに数滴たらすだけで、味の芯が通ります。

魚醤というと、ニョクマムやナンプラーを思い浮かべる方も多いと思います。
似ています。でも、あそこまでの癖や臭みはありません。
とてもクリアで、醤油の代わりに使っても面白い。
日本にも魚醤の文化があるから、きっと受け入れやすいはずです。
それから、カッルーバ(キャロブ・イナゴマメ)。
茶色いシロップで、独特の風味の甘さがあります。
肉料理のソースに少し足すと、ぐっと深くなる。

これは友人ルーチョの店で手に入ります。
シチリアの本物を届けてくれる、友人ルーチョさんのお店です(広告ではありません)
コラトゥーラ・ディ・アリーチ、ぜひ一度。
あとは、バルサミコと、いいオリーブオイルと、チーズが何種類か。
それだけあれば、イタリア料理は、だいたい何とかなります(笑)
オリーブオイルとチーズの話は、こちらでじっくり書いています。
バルサミコの話も、別の記事に書きました。
この記事で紹介したもの
この記事に出てきたものを、まとめておきます。
押すと、その説明のところまで戻ります。買うところではなく、まず説明を読んでもらえたらうれしいです。
アンチョビ
僕がずっと使っている、業務用の缶ヴァチカン アンチョビフィレ 750g↓家庭ならこのサイズ。同じシチリア産スカーリアさんのアンチョビ 80g↓いつか食べてみたい、カンタブリア産オルティス アンチョビフィレ 95g↓カンタブリア産を、少しだけ試すならリッツォーリ アンチョビフィレ 40g↓ケッパー
酸味がほしいとき。そのまま使えますチェルサヌス ケッパー酢漬け 100g↓塩気と風味がほしいとき。塩を抜いて使いますチェルサヌス ケッパー塩漬け 140g↓そのほか
アンチョビからできる、イタリアの魚醤デルフィーノ コラトゥーラ 40ml↓ジェノヴェーゼに使う松の実は、ジェノヴェーゼの記事で紹介しています。
まとめ
アンチョビは、旨みと塩気の調味料。
塩の代わりになるほどの、ちからを持っています。
だから、塩を引いて、アンチョビを足す。
ケッパーは、酸味と風味の調味料。
煮込みに入れれば、和食にだって寄り添います。
隠し味と呼ぶには、働きすぎている。
ふたりとも、名脇役です。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、おやすみなさい。
今日の1曲
今日の1曲は、忌野清志郎さんの「パパの歌」。
僕がまだ幼いころの曲です。
CMで聴いて以来、大好きなうたです。
当時、僕は子どもでした。
いまは、僕がパパになっちゃったけど(笑)
でも、大好きなうたであることは、変わりません。
言葉じゃなくて、背中で教わったことを書いた日に、この曲を置きます。
背中で教わるというのは、きっと、この二行のようなことです。
働くパパは ちょっとちがう
働くパパは 光ってる
忌野清志郎「パパの歌」(作詞 糸井重里/作曲 忌野清志郎)より



















