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市販の鶏肉の約半分に、カンピロバクターが付いています。「新鮮だから大丈夫」は、鶏では逆です。ピンク色の鶏チャーシューの不安から、僕の鶏胸の低温ローストまで——台所の菌の話、2人目。

こんばんは、ひろしです。

台所の菌の話、2人目です。前回の低温調理の安全の記事で、こう書きました。「鶏こそ、温度と時間で考える素材です」。今日はその回収です。

主役はカンピロバクター。日本の細菌性食中毒で、いちばん多く事件を起こしている菌のひとつです。

先に、結論だけ

  • 市販の鶏の約半分に付いている ── 「付いている前提」で扱う
  • 数百個で発症する ── 「新鮮だから安全」は、鶏では成立しない
  • ただし、熱に弱い ── 中心までしっかり加熱すれば、確実に殺せる
  • ピンク色は判断材料にならない ── 証明できるのは、温度と時間だけ

市販の鶏の、約半分にいる

10個の鶏肉のうち約半分に「付いている」の印。国内調査では市販の鶏肉の約5割から検出。見た目では区別できない

約半分に付いていて、見た目では区別できません

まず、数字から。国内の調査で、市販の鶏肉の約5割からカンピロバクターが検出されています。流通段階の調査では3割から9割超まで幅がありますが、どの調査でも「珍しい菌」ではありません。

前回のウェルシュ菌と同じ結論になります。「付いているかも」ではなく、「付いている前提」で扱う。

そして、この菌のいちばん厄介な性質がこれです。数百個で発症します。ウェルシュ菌が「大量に増えてはじめて発症する」菌だったのに対して、カンピロバクターは、ごく少量で効く。鶏肉の表面に最初から付いている量で、もう十分なんです。

「新鮮だから大丈夫」が、鶏では逆になる理由

「新鮮な鶏だから、生でも大丈夫」という言い方を、聞いたことがあると思います。

これが、鶏では逆なんです。カンピロバクターは鶏の腸に住んでいる菌で、処理の過程で肉の表面に付きます。つまり新鮮な鶏肉ほど、菌が元気に生きている。時間が経つと(冷蔵や空気で)むしろ少しずつ弱っていく菌なので、「新鮮=安全」は、この菌に関しては成立しません。鮮度と、菌の有無は、別の話です。

そしてもうひとつ、牛との決定的な違いがあります。カンピロバクターは表面から肉の内部へ入り込むことが報告されています。店頭に並ぶ時点で、内部まで汚染されている鶏肉が少なくない。

これが何を意味するか。牛の「表面をしっかり焼けば、中はレアでも成立する」という理屈が、鶏では成立しないということです。湯引きも、表面の炙りも、内部にいる菌には届きません。鶏だけが「中心まで」なのは、ここに理由があります。

ウェルシュ菌と、型が真逆

ウェルシュ菌とカンピロバクターの対比。ウェルシュは芽胞で死なないが増えて発症、カンピロは加熱で死ぬが最初から付いていて数百個で発症

同じ食中毒菌でも、手口が真逆。だから対策も真逆です

前回のウェルシュ菌を覚えている方は、ここで面白いことに気づくはずです。この2つの菌、性質が見事に真逆です。

ウェルシュ菌——芽胞で加熱を生き残る。殺せない。でも、増えなければ発症しない。だから「増やさせない」で勝負する。

カンピロバクター——30℃以下では増えられず、実は空気にも乾燥にも弱い、か弱い菌です。そして熱にも弱い。中心まで75℃1分、あるいは前回の表の加熱で、確実に死にます。でも、最初から付いていて、少量で効く。だから「持ち込まない+殺し切る」で勝負する。

同じ「食中毒菌」でも、戦い方がまるで違う。菌ごとに手口を知ると、対策が「暗記」ではなく「理解」になります。このシリーズを書いている理由は、それです。

まな板を洗っていた、本当の理由

まな板はすぐ洗う、トングは焼いた鶏だけ、鶏は洗わない(水はねで菌が飛ぶ)の図

まな板はすぐ洗う。トングは焼いた鶏だけ。そして、鶏は洗わない

僕の現場の話をすると、実は鶏肉の出番はそれほど多くありませんでした。鶏もも肉は、ディアボラ。皮面をパリッと焼いてから、オーブンで仕上げる料理です。

ただ、いま思い返すと、鶏を扱ったあとのまな板と包丁は、必ず洗っていました。菌を意識していたわけではありません。理由は単純で——鶏を切ったあとの道具は、少しネトっとするからです。トングも、焼き上がった鶏にしか使いませんでした。

あとから知識で答え合わせをすると、あれは二次汚染対策として、ほぼ正解の動きでした。カンピロバクター食中毒のかなりの部分は、鶏そのものではなく、鶏に触れた道具や手を経由して、生で食べるもの(サラダなど)に菌が移ることで起きています。数百個で発症する菌だから、まな板に残ったわずかな菌で足りてしまう。

ついでに、大事な注意をひとつ。生の鶏肉を、洗わないでください。シンクで洗うと、水はねと一緒に菌が周囲に飛び散ります。表面の菌は加熱で死ぬので、洗う必要そのものがありません。

ピンクでも、火は通っているのか

ピンクと白の鶏胸は色ではどちらとも言えない。証明できるのは63℃の芯温計と30分の時計だけ

色は証明になりません。数字だけが証明です

低温調理の鶏チャーシューを切ったら、うっすらピンク色だった。これは大丈夫なのか——たぶん、いちばん検索されている不安です。

答えは、「色では、どちらとも言えない」です。

肉の色は、温度だけで決まるものではありません。きちんと63℃30分を満たしていてもピンクがかって見えることはあるし(肉の色素は、殺菌が完了する温度でも完全には変色しません)、逆に白っぽくても中心温度が足りていないことはあり得ます。

色は、証明になりません。証明できるのは、温度と時間だけです。芯温計で測って、前回の表(63℃30分など)を満たす。それだけが答えで、だからこの記事は「見分け方」ではなく「作り方」の話に進みます。

ひとつだけ僕の実務の癖を書いておくと、スライスしていて血合いのようなものがあったら、必ず外すようにしています。安全の判定は温度と時間でやったうえで、見た目の安心も、お客さんへの礼儀だと思っているからです。

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鶏刺しの世界について、正直に

鶏刺し、鶏タタキという文化があります。九州の一部には、生食向けの処理を行う独自の衛生基準もあります。

正直に書くと、僕は鶏刺しを食べたことがありません。怖さが先に立って、手が出ないまま来ました。でも、きちんとした処理で出してくれるお店があるなら、食べてみたい気持ちもあります。カツオのタタキのように表面を焼いた鶏タタキも、美味しそうだと思う。文化を否定する気は、まったくありません。

南九州の鳥刺しは、実は「スーパーの鶏を切っただけ」ではありません。鹿児島県は2000年、宮崎県は2007年に生食用食鳥肉の衛生基準を作っています。汚染率の高いレバーや砂ずりは生食から除外。腹腔の洗浄、表面の加熱殺菌、カンピロバクター陰性などの規格——専用の処理をくぐった、別の食品です。

では、それなら安全なのか。正直に書くと、リスクは大きく下がりますが、ゼロにはなっていません。本場の鹿児島でも、カンピロバクターの食中毒はいまも毎年起きています。理由はこの記事で書いてきたとおりです——この菌は腸にいて、数百個で発症する。表面をどれだけ丁寧に処理しても、完全なゼロは作れない。

だから、整理するとこうなります。専用基準の鳥刺し=リスクを大きく下げた選択肢。家庭のスーパーの鶏=生食用の処理は一切されていない。この二つは、まったく別の話です。少なくとも、家庭の鶏の生食だけは、絶対にやめてください。

お腹を壊すだけでは、済まないことがある

もうひとつ、この菌を丁寧に書く理由があります。

カンピロバクター食中毒のあと、1〜3週間して手足のしびれや脱力が出るギラン・バレー症候群という病気があります。

仕組みを平易に言うと、免疫の誤爆です。カンピロバクターの表面の構造が、人間の末梢神経の表面とよく似ている。菌と戦った免疫が、勝ったあとで、似ている自分の神経を間違えて攻撃してしまうんです。

症状は、手足のしびれから始まって、足から上へ、左右対称に力が入らなくなっていきます。歩けなくなることもあり、重症では呼吸の筋肉まで及んで、人工呼吸器が必要になることもあります。治療は免疫グロブリンの大量投与や血漿交換——つまり、入院して行う本格的な治療です。多くの人は回復しますが、数ヶ月単位かかることも、後遺症が残る例もあります。

頻度は、カンピロバクター感染者のおよそ1,000〜3,000人に1人。まれです。ただ、カンピロバクター自体の患者数がとても多いので、実数としては無視できません。日本のギラン・バレー症候群の患者さんのうち、約3割はカンピロバクターの感染が先行していたという報告があります。

実用としてはこれだけ覚えてください。食中毒の数週間後に、手足のしびれや力の入りにくさが出たら、必ず受診する。そのとき「数週間前に鶏で食中毒をした」と伝えると、診断の助けになります。

もちろん、食中毒になった人の大半は回復します。ただ、「数日お腹を壊して終わり」では済まない可能性を持った菌だ、ということは知っておいていいと思います。

実践:僕の鶏胸の低温ロースト

ここからは、出口の話です。この菌の対策を全部織り込んだうえで、しっとり美味しく作る——僕がワイナリー時代から作ってきた、鶏胸の低温ローストです。

当時のレシピが残っていました。

ワイナリー時代のレシピ「鶏の低温ローストのマリネ液」。ソミュールの分量と蒸し方。45分を消して50分に直した手書き修正がある

ワイナリー時代のレシピ、実物です。「45」を消して「50」に直した跡があります

鶏の低温ローストのマリネ液(ソミュール)
塩 62g/グラニュー糖 45g/水 780cc/粒コショウ(白)10粒/ローリエ 8枚/氷 500g
 
①氷以外を鍋に入れて火にかける ②沸騰したら火からおろし、氷を入れる(完成)③水切りした鶏をつける

ソミュールというのは、塩と糖を溶かした漬け液のことです。鶏胸を一晩これに漬けると、しっとり感と下味が入ります。沸かして香りを出したあと、氷500gで一気に冷ます——熱い液に鶏を漬けない、という設計が最初から入っています。

工程はこうです。

  1. 鶏胸を一晩ソミュールに漬ける(この間、ずっと冷蔵庫)
  2. ザルにあげて、ペーパーでしっかり水気を取る
  3. 1枚ずつ真空パック(ローリエを1枚ずつ入れて)
  4. スチコンの深いホテルパンに湯を張り、芯温計を湯に入れて、湯自体が63℃になるまで予熱
  5. 63℃になったら鶏を入れて、スチーム63℃で1時間。芯温が63℃に届くまで30分弱かかるので、1時間設定で「63℃30分」がちょうど成立します
  6. 終わったら氷水で完全に冷やして、袋の水気を拭いて冷蔵庫へ

気づいた方がいるかもしれません。レシピの写真、蒸し時間の「45」が消されて「50」に直してあります。当時、作りながら「45分では芯温の保持が足りない」と気づいて書き足した跡です。いまの僕は、さらに余裕を見て1時間にしています。レシピは、作るたびに安全側へ育っていきました。

そして最後の「氷水で完全に冷やす」——これは前回のウェルシュ菌の急冷、そのものです。カンピロバクター対策の一皿が、ウェルシュ菌対策も兼ねている。当時は菌の名前も知らずに、そう作っていました。

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まとめ ― 菌ごとに、戦い方が違う

持ち込まない(まな板・トング・鶏は洗わない)と殺し切る(63℃30分などの温度×時間)の二本立てのまとめ図

持ち込まない。そして、殺し切る。色ではなく、数字で

カンピロバクターは、市販の鶏の約半分に付いていて、数百個で発症する。でも、30℃以下では増えず、熱で確実に死ぬ。

だから戦い方は——持ち込まない(まな板・包丁・トングを分けて洗う。鶏は洗わない)、そして殺し切る(中心まで、温度と時間で。色では判定しない)。

ウェルシュ菌が「殺せないから、増やさせない」だったのに対して、カンピロバクターは「増えないから、持ち込まない+殺し切る」。菌の手口を知れば、対策は暗記ではなく理解になります。

台所の菌の話、まだ続きます。次は——真空パックの中で起こることの話を、いつか。

⚠️ この記事は僕の理解と実践の記録で、安全を保証するものではありません。ご家庭では安全側(中心までの加熱)を。体調に不安のある方、小さなお子さん、ご高齢の方には、とくに安全側でお願いします。

今日の1曲

BUMP OF CHICKEN「天体観測」です。

深い闇に飲まれないように
精一杯だった
君の震える手を握ろうとした あの日は
 
見えないモノを見ようとして望遠鏡を覗き込んだ
静寂を切り裂いていくつも声が生まれたよ
明日が僕らを呼んだって返事もろくにしなかった
“イマ”というほうき星
君と二人追いかけていた

BUMP OF CHICKEN「天体観測」(作詞・作曲 藤原基央)より

菌は、見えません。匂いにも、色にも、味にも出ない。五感が全部だめなら、道具で見るしかない。

芯温計は、台所の望遠鏡です。見えないものを見ようとして、僕らは温度計を差し込む。

それから——気づいた方も多いと思いますが、バンド名が「バンプ・オブ・チキン」。鶏の記事の最後に、この名前。今日ばかりは、狙って選びました。

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それでは、おやすみなさい。