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― この記事について ―

大鍋のベシャメルを、一度だけ焦がしたことがあります。悔しくて、練習しました。そのあと、毎日の仕込みで、今度は両腕が燃えるように痛みました。北陸の店にいたころの話と、家でホワイトソースを焦がさないための話です。

こんばんは、ひろしです。

今日は、ベシャメルの話です。

ベシャメルは、バターと小麦粉と牛乳でつくる白いソースです。日本ではホワイトソースとも呼ばれます。グラタンやラザニアの、あの白いソースです。

高校の授業で、一度作ったことがあります。バターで小麦粉を炒めてルウを作り、そこへ牛乳を足していく。そう習いました。

それから、ベシャメルはずっと好きなソースです。一人暮らしを始めてからも、作り方だけは覚えていました。

だから、店でベシャメルを焦がした日は、とても悔しかった。

料理で失敗した話を思い出そうとしたときも、最初に出てきたのはこの日のことでした。

これからの季節は、家でグラタンやシチューを作る人も多いと思います。焦がさないための話と、家の分量のレシピも、後ろのほうに書きました。

結論から言うと。

ベシャメルは、鍋の底から焦げます。家で作るときも、いちばん大事なのは焦らないことだと思います。

説明していきます。

ベシャメルを焦がした日、これ1枚で。底から焦げる・店の1回分は牛乳12リットル・焦っていた日・焦げる直前まで・両腕の痛み・人に頼む・家では焦らず底から・家の分量の8段
先に、この記事の全部を1枚で。

途中の「寄り道」は、たたんであります。気になったところだけ開いてみてください。

ベシャメルは、鍋の底から焦げる|ルウのときと、とろみがついてから

鍋の断面の図。ルウを炒めているときも、とろみがついてからも、焦げやすいのは鍋の底と底のふちの角
焦げやすいのは、鍋の底と、底のふちの角。ルウのときも、とろみがついてからも。

ベシャメルの作り方は、シンプルです。バターを溶かして小麦粉を炒め、ルウを作ります。そこへ牛乳を少しずつ入れて、とろみがつくまで煮ていきます。

焦げるのは、いつも鍋の底からです。危ないところは、二つあります。

ひとつは、ルウを炒めているときです。ベシャメルのルウは、色をつけずに白いまま仕上げます。火が強かったり手が止まったりすると、底のほうから色がついていきます。僕が焦がしたのも、このルウのときでした。

もうひとつは、牛乳を入れてとろみがついてからです。とろみのある液体は、鍋の中で動きにくい。だから火の当たる底のあたりだけが熱くなって、そこにくっついて焦げます。

とくに焦げやすいのは、鍋の底と、底のふちの角です。

寄り道色がついたルウは、何がちがう?タップで開きます

ルウは、炒める時間が長いほど色が濃くなります。白いルウはベシャメルに、色をつけたルウは別のソースに使います。

100年以上前のフランス料理の本(エスコフィエ・英語版1907年)にも、白いルウは「数分だけ」炒めるとあります。粉の生っぽさを消すためです。

色がつくと、とろみをつける力も弱くなります。アメリカの料理雑誌の試験では、白いルウにくらべて、3分炒めた薄い色のルウで14%、5分炒めたピーナッツバターの色のルウで26%弱くなりました。

店の1回分は、牛乳12リットル|大鍋になるほど、底は遠くなる

量が増えると、同じ作り方でも勝手がちがいます。

僕がいた北陸の店では、1回の仕込みで牛乳を12リットル使いました。水は入れません。

バターは、業務用の450gの塊を2つ。小麦粉も、店のレシピどおりの量を入れます。それを20リットルほどの鍋で炊きました。

混ぜるのは、大きな木べら1本です。店では、金っ気(金属のにおい)が出ないように、泡立て器は使いませんでした。

炊き上がったら、落としラップをして、氷水で一気に冷やします。使うときにブロード(だし)と牛乳を足すと、グラタンのソースのできあがり。パスタやピッツァのクリームのソースにも使う、土台のソースでした。

家の小鍋と20リットルほどの鍋のくらべ。底の広さ・重さ・温まるまで・バター
同じ作り方でも、大鍋になると勝手がちがいます。

大きな鍋は、底が広い。木べらで底をひとまわりするのにも、時間がかかります。そのあいだも、反対側の底は火にかかったままです。

それに、とろみのついた大量のソースを底から返し続けるのは、力仕事です。

大鍋は、温まるまでも長い。大きなバターの塊は、上が溶ける前に底が焦げることもあります。待っているあいだにも、ほかの仕事は次々に入ってきます。

あの日の僕も、そうでした。

寄り道店のレシピの表と、100年前の大鍋タップで開きます

店のレシピの表に残っているベシャメルは、1回で約4kg。バターと薄力粉が300gずつ、牛乳と水が2Lずつです。僕が覚えている仕込みは、その3倍の量で、水は入れていませんでした。どうしてちがうのかは、はっきりしません。

エスコフィエの料理書(英語版・1907年)のベシャメルは、白いルウ1ポンド(約450g)に、沸かした牛乳が4クォート半。4リットルを超える量です。ゆっくり1時間ほど煮て、こしてから、表面に膜が張らないようにバターをのせる、とあります。

店の落としラップも、同じ心配からです。表面が乾かないように、ラップをぴったりのせていました。

たくさん作ったソースは、冷めるのにも時間がかかります。国の大量調理の手引きでは、加熱したものを冷ますときは小分けにするなどして、30分以内に中心を20℃付近まで(または60分以内に10℃付近まで)下げるよう工夫する、とあります。

寄り道業務用のバターの、あの大きな塊は?タップで開きます

業務用の無塩バターには、450gの塊で売られているものがよくあります。1ポンドは約454g。450gの塊は「ポンドバター」とも呼ばれます。

「斤」は、昔の日本の重さの単位で、ふつうは600g。でも明治のころ、1ポンドに近い約450gを「英斤」と呼んだそうです。食パンの「1斤」は、そこから来たと言われます。

焦がしたのは、大鍋で初めて炊いた日|僕は、焦っていた

北陸のナポリピッツァの店、ピソリーノで働いていたころの話です。石川と富山に、4つの店がありました。

トマトソースもミートソースも、全部一から作る店でした。土日は、一日中行列ができました。

富山の店で、アルバイトを始めて間もないころです。

20リットルほどの鍋でベシャメルを炊くのは、その日が初めてでした。アルバイトでしたが、当時の料理長が任せてくれたのです。僕のやる気や経験を買ってくれたのだと思います。

厨房のコンロの大きな寸胴鍋と、背を向けてまな板で仕込みをする料理人の後ろ姿を描いた水彩画

大きなバターが溶けるのを待って、大量の小麦粉を炒めていく。そのあいだにも、やることはいっぱいありました。ベシャメルを炊きながら、これも、これも、これも。ほかの仕込みが、次々に重なっていたのです。

僕は弱火にかけたまま、後ろを向いて何かを切っていました。振り返ったら、ルウに色がついていました。

まだ牛乳を入れる前、粉とバターを炒めていたところです。白いまま仕上げるはずのルウが、少し茶色くなっていました。

あの日の流れ。バターを溶かす、小麦粉を炒める、後ろを向いてほかの仕込み、振り返ったらルウが少し茶色に
あの日は、ベシャメルを炊きながら、ほかの仕込みも重なっていました。

このままではだめだと思って、すぐに報告しました。ひどく怒られました。なんで焦げたのか。なんで目を離したのか。「なんで」を何回も聞かれました。

その日に作り直したのかどうかは、もう覚えていません。

火は弱火だったはずです。それでも火加減は、自分で確かめるべきでした。

でも、いちばんの原因は別にあります。僕は、焦っていました。やることが次々に重なって、気持ちばかりが先に行っていたのです。

ピソリーノに入る前、ローマの料理人ダビデのマンマ(お母さん)がベシャメルを作ってくれたことがあります。感動するくらいおいしかった。どうしたらこんなにおいしく作れるのか、聞いてみました。

答えは、「焦らないこと。少しずつ少しずつ、ゆっくり仕上げること」でした。

マンマは、イタリア語で説明しながら、僕にも作らせてくれました。牛乳500ccくらいの、小さな鍋でした。

家の台所で、小さな片手鍋のホワイトソースを木べらで混ぜる若い男性と、隣で身ぶりをまじえて教える、年配の女性の後ろ姿を描いた水彩画

マンマは「ピアノ、ピアーノ」とも言っていました。2つ目を、少しのばして言うのです。イタリア語で「ゆっくり、静かに」という意味です。楽器のピアノ(ピアノフォルテ)の「ピアノ」も、同じ言葉です。

そう教わっていたのに、あの日の僕は焦って、別の仕込みに気を取られてしまった。それが、いちばんの敗因だったと思います。

焦がしたのは、僕の失敗です。

ひろし

でも、これがまた一つ、ベシャメルへの転機になったわけで。

悔しくて、練習した|焦げる直前を見極めて、こすとローリエだけ

焦がしたのは、その最初の一回だけです。悔しくて、それから何度も練習しました。

ピソリーノは、ベシャメルにとてもこだわっていました。会社がつながっていた新潟のリストランテ、ラ・スカーラのやり方で仕込んでいたからです。ラ・スカーラの五十嵐シェフは、とにかく粉っぽさに厳しい人でした。粉っぽさというのは、粉の生っぽい感じのことだと僕は受け取っています。

粉の火入れが甘いと、粉っぽくなる。でも、焦がしてもだめです。焦げたところは、最後にシノワ(目の細かいこし器)でこすと、そこに残ります。

だから、色がつきはじめる手前、焦げる直前まで火を入れる。その見極めが、ベシャメルのうまさにつながります。

粉っぽい・焦げる直前・焦げのくらべ。焦げたところはこすとシノワに残り、焦げる直前で止めるとローリエだけが残る
粉っぽくても、焦げてもだめ。焦げる直前を見極めます。

ほかの人が炊くと、シノワに茶色い玉のようなものが少し残りました。僕のベシャメルは、何も残らなくなりました。残るのは、ローリエだけです。

その具合を、僕は極めたんだと思います。

ひろし

もうその社内でも一番うまいぐらいになった。

大きな寸胴鍋の白いソースを、長い木べらで底から混ぜる両腕を描いた水彩画

ワイナリーで働いていたころのレシピ帳にも、ベシャメルのページがあります。木べらは、先に角度のついていないもので、鍋の底に当たる面が大きいもの。それでバターを底からはがすように混ぜる。木べらのことまで、書いてありました。

ピソリーノのことは、ピッツァの生地の記事にも書いています。

ベシャメルは、そのあともずっと使ってきました。チーズフォンデュに少し入れていたこともあります。その小麦粉が、チーズが分かれるのを防ぐつなぎになっていた。そのことには、ずっとあとになって気づきました。

木べら1本で、毎日|両腕が燃えるように痛んだ

ベシャメルは挽回できました。でも、今度は腕でした。

ここなら勉強ができる。そう思って、僕はアルバイトから正社員になりました。そのあと、転勤で金沢の店へ移ります。

大鍋のベシャメルを、大きな木べら1本で毎日炊く。ほかの仕込みも続く。そのころ、両腕が燃えるように熱くなって、痛み出しました。夜も眠れないほどでした。

夜、布団の上に置いた、テーピングを巻いた両腕を描いた水彩画

傷があったわけではありません。

牛乳12リットルを、木べら1本で毎日です。いま思えば、両腕が壊れても仕方なかったな、と思います。

ひろし

今になってもあれが何だったのかよくわからんけど。

金沢には転勤で来ていたので、まわりの病院が分かりませんでした。だから、前から通っていた富山の接骨院へ駆け込みました。

ひろし

使いすぎだけど、まあ休むわけにもいかんし。

腕にテーピングを巻いて、仕事を続けました。

最終的には、治りました。

おことわり

腕のことは、僕の経験を書いただけです。治療の話ではありません。痛みが続くときは、医療機関に相談してください。

「無理すんな」と言いたい。でも、無理しないと回らない店だった|いまなら、人に頼む

あのころの自分にひとこと。「無理すんな」と言いたい。いまなら人に頼む、きっちり教えて任せる
いまなら、人に頼む。きっちり教えて、任せる。

あのころの自分に、ひとこと言うなら。そう聞かれて、出てきたのはこの言葉でした。

ひろし

無理すんなって言いたいけど、無理せな回せないぐらい忙しい店だったから。

お客さんがたくさん来てくれる店で、仕込みの量もそれに見合うだけありました。

いまなら、人に頼む。なるべく負担を分散する。そういうやり方も、あったかもしれません。

手荒れの記事にも、同じことを書きました。皮膚科の先生に言われた「左手を使っていこうか」。あれは、負担を分散しろということだったのだと思います。

人に任せるには、きっちり教えないといけない。言ったようにやってくれる人を育てておけば、安心して任せられる。いまは、そう考えています。

家でも、焦らずに底から混ぜる|離れるなら、火を止める

家でホワイトソースを作るときも、焦げるのは鍋の底からです。小鍋なら大鍋ほど腕は使いませんが、気をつけるところは同じです。

家で焦がさない6つのこと。底の厚い鍋・ルウは弱めの火で色をつけない・まっすぐな木べら・底と角をこそげる・牛乳は少しずつ・離れるなら火を止める
家の小鍋でも、気をつけるところは同じです。
1鍋は、底の厚いものを使う
2ルウは、弱めの火で。粉っぽさが消えるまで炒めて、色はつけない
3木べらは、先がまっすぐで、底に当たる面が広いものを
4底と角を、こそげるように混ぜる
5牛乳は、少しずつ。焦らずに
6火のそばを離れない。離れるなら、火を止める

「ピアノ、ピアーノ」。焦らないこと。少しずつ少しずつ。ダビデのマンマの言葉は、家の小鍋でも同じだと思います。

「火のそばを離れない」は、消防庁が家の火事を防ぐために呼びかけていることでもあります。

家の台所のコンロで、小鍋のホワイトソースを木べらで混ぜる手を描いた水彩画

火加減の考え方は、こちらに書きました。

ベシャメルソースのレシピ|家の分量と、僕が使ってきた材料

家で作るときの分量です。ワイナリーのころのレシピ帳(2017年)の分量を、5分の1にしました。

北陸の店とワイナリーで使っていた材料。北陸の店はバターが高千穂かよつ葉、牛乳がよつ葉か大阿蘇。ワイナリーは木次のバターとパスチャライズ牛乳。小麦粉はどちらも日清のバイオレット。ローリエは庭のものか、ギャバン
北陸の店とワイナリーで、ベシャメルに使っていた材料です。

材料は、ふつうにスーパーで買えるもので作れます。そのうえで、僕が店で使ってきたものを書いておきます。

北陸の店では、バターは高千穂かよつ葉。牛乳は、よつ葉か大阿蘇の、常温で長持ちするタイプでした。この4つなら、どう組み合わせても大丈夫です。

ワイナリーでは、木次(きすき)のバターと、木次のパスチャライズ牛乳で作っていました。粉は、どちらの店も日清のバイオレットです。

バターは、どれも塩の入っていないもの(食塩不使用)です。発酵バターではありません。

ローリエは、庭に植えてあるものを使えたら最高です。なければ、ギャバンのもので。

ナツメグも、ギャバンのパウダーで十分です。白こしょう(ホワイトペッパー)は、ホールをミルで挽いても、パウダーでもかまいません。

材料分量(この分量)
牛乳330g(約320ml)
バター(食塩不使用)20g
薄力粉20g
ローリエ1/2枚
ナツメグほんの少し
塩1.2g(小さじ1/5ほど)
白こしょう少し(ミルなら2回くらい)

バターと薄力粉は、同じ重さです。量を変えるときは、牛乳の重さを入れると、ほかも同じ割合で変わります。

作り方|牛乳を温めておき、弱火のルウに少しずつ

手順は、ワイナリーのレシピ帳と、北陸の店のやり方をつないでいます。

1小鍋に牛乳とローリエ、ナツメグを入れて、沸く手前まで温めておく小鍋の牛乳にローリエの葉が1枚、うっすら湯気が立っているところを描いた水彩画
2別の鍋にバターを入れて、ごく弱火で溶かす。木べらで、底からはがすように混ぜる鍋の中でバターが溶けはじめ、木べらが立てかけてあるところを描いた水彩画
3バターが溶けたら薄力粉を入れ、なめらかになるまで混ぜる。弱火のまま2〜3分。粉っぽさが消えるまで炒めて、色はつけない鍋の中の、白っぽいなめらかなルウと木べらを描いた水彩画
4温めた牛乳を少しずつ、半分ほどまで加えて、そのつど木べらでなめらかにするルウの入った鍋に、小鍋から牛乳を注いでいるところを描いた水彩画
5なめらかになったら、残りの牛乳を入れる。弱火のまま、底と角をこそげるように混ぜながら、ふつふつしてくるまでとろみのついた白いソースが鍋の中でふつふつしているところを描いた水彩画
6塩と白こしょうで、味をととのえる
7こしてから、表面にラップをぴったりとのせるこし器でこした白いソースの表面に、ラップをのせたボウルを描いた水彩画

牛乳を入れたら、そばを離れないでください。離れるときは、火を止めます。

この記事で紹介したもの

この記事に出てきたものを、まとめておきます。

押すと、その説明のところまで戻ります。買うところではなく、まず説明を読んでもらえたらうれしいです。

バター

北陸の店で高千穂バター 無塩ポンドバター 450g(食塩不使用)↑北陸の店でよつ葉バター 食塩不使用 450g↑ワイナリーで木次乳業 奥出雲木次バター(食塩不使用) 150g×2↑

牛乳

北陸の店でよつ葉 特選北海道牛乳 1000ml×6本(常温保存)↑北陸の店でLL大阿蘇牛乳 1000ml×6本(常温保存)↑ワイナリーで木次パスチャライズ牛乳(1000ml)↑

小麦粉

北陸の店でも、ワイナリーでも日清 バイオレット 1kg↑

ローリエ

庭のものがなければGABAN ベイリーブス(ローリエ)ホール 100g↑

スパイス

パウダーで十分GABAN ナツメグ パウダー 100g↑ミルで挽くならGABAN ホワイトペッパー ホール 100g↑パウダーでもGABAN ホワイトペッパーパウダー 80g↑

まとめ|焦がしたのは一回だけ。いちばん悔しかった失敗

まとめ。大鍋で初めて焦がした、悔しくて練習した、木べら1本で両腕が痛んだ、家でも焦らず底から
あの日から、いまの家の台所まで。

ベシャメルは、鍋の底から焦げます。量が増えるほど、底は遠くなります。

僕が焦がしたのは、大鍋で初めて炊いた日の一回だけでした。マンマに「焦らないこと」と教わっていたのに、焦っていました。

そのあとは、こしても何も残らないベシャメルが炊けるようになりました。でも木べら1本の仕込みが続いて、両腕が先に音を上げました。

高校の授業で覚えて、ずっと好きだったソースです。だから、あの一回はとても悔しかった。

今日の一曲

今日の一曲は、竹原ピストルの「よー、そこの若いの」です。

知ってはいた曲です。でも、ちゃんと聴いたのは、この記事を書きながらでした。めちゃくちゃいい曲です。

年上の人が、若い人に語りかける歌です。この歌の言いたいことは、全部ここに入っていると思います。

よー、そこの若いの
俺の言うことをきいてくれ
「俺を含め、誰の言うことも聞くなよ。」

竹原ピストル「よー、そこの若いの」(作詞・作曲 竹原ピストル)より

自分で思った道を、進んでほしい。

そのときには、いろんなことを言ってくる人がいると思います。たぶん、僕もその一人です。言ってもらえるのは、ありがたいことです。でも、それは人の言うことです。

誰かが言ったからやったことは、いつか誰かのせいにしてしまう。僕は、そう思っています。

だから、これだと思ったら、やってみてほしい。楽しかったり、やりがいを感じたりするなら、一生続ければいい。それが仕事じゃなくても、いいと思います。

コロナのころに気づいて、一生懸命考えて、たどり着いた答えです。ブログを始めたころにも、同じようなことを書いていました。

子どもたちにはもちろん、若いころの自分にも、伝えたい歌です。

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それでは、おやすみなさい。