手を開くのも、閉じるのも痛かった|料理人の手荒れ対策と、20年試してきた手袋
― この記事について ―
手を開くのも、閉じるのも痛い。料理人になって初めて、手荒れのつらさを知りました。20年以上かけて試してきた手袋とケア用品の話です。ただ、いちばん伝えたいのは商品のことではありません。
こんばんは、ひろしです。
今日は、手の話をします。
はじめにお断りしておきます。この記事は僕の体験談で、治療の話ではありません。肌に合うかどうかは人によって本当に違います。症状がひどい、長く続くというときは、医療機関に相談してください。
料理人になるまで、手荒れを知らなかった
恥ずかしい話ですが、この仕事に入るまで、僕は手が荒れた経験がほとんどありませんでした。
最初は「ちょっと荒れてきたな」くらいです。気にしていませんでした。
最初の職場は、厨房もそれほど広くありませんでした。予洗いをして、食洗機に入れて、熱い食器を片付けて、また洗い物。営業中はずっとそれです。仕込みをしながら洗い場にも入るので、手を休ませる時間がほとんどありませんでした。
開くのも、閉じるのも痛い
そのうち、はっきり悪化しました。
手を思いきり開くと痛い。しっかり握るのも痛い。指先も荒れて、ひび割れる。ちゃんと開くことも、閉じることもできないという状態です。
仕事中は、クリームを塗れない
ここが、飲食の手荒れのややこしいところです。
食材を触る仕事なので、手にクリームや軟膏を塗ったまま働くわけにはいきません。塗るなら仕事が終わってから。でも次の日にはまた、洗剤とお湯の中に手を戻すことになる。
だから当時の僕は、あかぎれやひび割れを絆創膏だけでなんとかしていました。
指の関節、指先、手のひらの割れているところ。ひとつ貼って、また別のところが切れて、また貼って。毎日10枚以上は貼っていたと思います。
あるとき、お客さんに手を見られて「どうしたの?」と心配されました。料理を出す手が、絆創膏だらけだったんです。
いま思えば、あれは「治す」も「守る」もできていない状態でした。傷が開くたびに、ふさいでいただけです。

指の関節、指先、手のひら。ひとつ貼って、また別のところが切れて
そしてこれが、飲食の手荒れのいちばんつらいところだと思うのですが、
治っていく速度より、仕事で傷む速度のほうが速いんです。
休みの日に少しよくなっても、また悪くなる。原因になっている環境へ、毎日戻らなければいけない。だから「治す」ことと同時に、「仕事中にどう手を守るか」を考えないと、追いつきません。
「左手を使っていこうか」
本当に痛くて悩んでいたころ、地元で評判のいい皮膚科へ行きました。人気の病院で、二時間ほど待ちました。
手を見せて、飲食の仕事だと伝えました。先生は手をパパッと見て、一言。
「左手を使っていこうか。はい、次の方〜」
正直、途方に暮れました。左手? 僕は右利きで、特に右手が荒れていたんです。二時間待って三十秒で終わった診察に、当時はショックを受けて、その病院には二度と行きませんでした。
ただ、いまなら意味が分かります。負担を分散しろ、ということです。
右手にかかっている負担を、少しでも左に逃がす。作業の仕方を変える。それは、この記事でこれから書く「治すより、悪化させない」という話と、まったく同じことを言っています。
あのとき先生が言っていたのは、たぶんそういうことでした。

二時間待って、三十秒でした
念のため書いておきますが、これは「病院に行かなくていい」という話ではありません。短い診察に納得できなかったというだけで、受診が無意味だったということではないです。症状が続くなら、やはり相談したほうがいいと思います。
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手袋をしたくても、できない仕事がある
「手が荒れるなら手袋をすればいい」。そう思われるかもしれません。実際、僕もそう考えました。
でも、そう単純ではありませんでした。
たとえばイカの仕込みです。小さめのイカを何杯も。内臓を抜いて、墨袋を外して、皮をむく。荒れた手にはかなりつらい作業です。
ところが、皮むきのような細かい作業は、手袋をするとかえってやりにくい。感覚が鈍るし、滑る。
手を守りたい。でも手袋だと仕事がしにくい。この板挟みが、ずっとありました。「料理人なら全部手袋をすればいい」とは、僕には言えません。

この作業は、手袋だとかえってやりにくいんです
手荒れ対策の手袋で、さらに荒れた
手袋そのものにも、まわり道がありました。
最初は百均などの一般的なゴム手袋です。洗い物のときは着けて、接客や料理では外す。困ったのは、一度水が入ると不快なことと、着脱が大変なこと。手首より長いタイプも試しました。
そして、いちばん困ったのがこれです。
手を守るための手袋で、さらに荒れました。
僕の場合、天然ゴム系が合わないようでした。粉(パウダー)がついたタイプでも荒れると感じました。そこから、手袋を選ぶときに素材と粉が付いているかどうかの二つを見るようになりました。
これは僕だけの思い込みではなく、日本皮膚科学会の『手湿疹診療ガイドライン』にも「保護手袋の装着自体が刺激反応を誘発することもある」と書かれています。長時間になるなら中に綿の手袋をする、使う時間を短くする、といったことも書かれています。守るための道具が、負担にもなる。ここは知っておいて損がないと思います。
いまは、ニトリルの粉なしを使っています
転機になったのは、パン屋で働いた時期でした。
パンの勉強で入ったのですが、料理の経験があったのでサンドイッチの製造を担当することになりました。衛生の都合でいろいろな使い捨て手袋を使う環境で、ニトリル製が自分には使いやすいと分かりました。
いまも、ニトリル製・パウダーフリーのものを使っています。
ただ、ここは強調しておきたいのですが、これは「僕の場合」です。
天然ゴムを問題なく使える人もいます。逆に、ニトリルが合わない人もいると思います。手袋そのものだけでなく、粉、添加物、汗や蒸れ、洗剤、手洗いの回数、着けている時間——関係することがたくさんあります。
「手が荒れる人はニトリルにすれば大丈夫」とは、書けません。いろいろ試した結果、僕にはこれが合っていた、というところまでです。
ついでに書いておくと、ニトリルなら成分の心配がない、というわけでもありません。市販の使い捨て手袋を調べた最近の調査では、51ブランドのうち9割からゴムを固めるための薬剤が検出されています。「その薬剤を使っていない」と書かれた製品からも出ていました。
手袋をしても、手は洗います
もうひとつ、誤解されやすいところです。
手袋をしていれば衛生的、ということはありません。
食品衛生のルールでも、手袋の有無にかかわらず手を洗う場面が決められています。作業が変わるとき、生の肉や魚に触れたあと、といった具合です。手袋は交換も必要です。
衛生と、手荒れ対策と、作業のしやすさ。この三つのバランスで決めるものだと思っています。
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使ってきたケア用品、三つ
順位をつけるつもりはありません。時期によって使ってきたものとして書きます。
ワセリン
気軽に手に入って、値段も安い。手を覆ってくれる感じがあって、僕には使いやすいものでした。
高いものでなければダメ、ということはなかった——これは、当時の自分にとって発見でした。いまでも選択肢のひとつです。
ロコベースリペア
手荒れがひどかったころ、「少し高くてもいいから」と思って買ったのがこれです。使用感は、割とよかった印象が残っています。
ユースキン
いま、いちばん気に入っているのがこれです。
でも、白状することがあります。
荒れ始めたころ、修業先の先輩が「これ、いいよ」と勧めてくれていたんです。同じように手を荒らしながら働いていた人の言葉でした。
そのとき僕は、使いませんでした。理由が情けないのですが、「昔からある有名な商品だし、特別なものではないだろう」と勝手に思ったからです。もっといいものが、どこかにあるはずだと。
最近たまたま使ってみたら、自分にはとても合っていました。もっと早く使えばよかった。
あの先輩は、いちばん近くで同じ手をしていた人です。その人が勧めてくれたものを、僕は「定番だから」という理由だけで聞き流していた。

同じように手を荒らしながら働いていた人が、差し出してくれたものでした
⚠️ ユースキンは「指定医薬部外品」で、承認されている効能は「ひび、あかぎれ、しもやけ」です(2020年に「ユースキンA」から「ユースキン」へ名前が変わりましたが、お店では旧名のまま並んでいることもあります)。ここに書いたのはあくまで僕の使用感で、効果を保証するものではありません。
それから、当時やっていたことをひとつ。クリームを塗った手にラップを巻いて、その上から手袋をして寝ていた時期があります。これは医学的に適切という意味ではありません。とにかく治したくてやっていたことなので、おすすめはしません。
この記事に出てきたもの
順番に意味はありません。時期によって、僕が使ってきたものです。合うかどうかは人それぞれなので、参考程度に。
ニトリルの、粉なし。いま僕が使っているのはこのタイプです。食品を扱う仕事なので、食品衛生法に適合したものを選んでいます。
いちばん素朴なワセリン。ドラッグストアで手に入って、値段も安い。高いものでなければダメ、ということはありませんでした。
「少し高くてもいいから」と思って買ったもの。ひどかった時期に使っていました。
先輩が勧めてくれたもの。いま、いちばん気に入っています。お店では旧名の「ユースキンA」のまま並んでいることもあります。
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手は、治りました
ここまで散々な話を書いてきましたが、その後どうなったかも書いておきます。
転機は、さっき書いたパン屋の時期です。あそこでは基本的にニトリル手袋をつけて調理するのが当たり前で、僕も毎日そのやり方で仕事をしていました。
すると、手荒れは少しずつ引いていきました。劇的に、ではありません。気がついたら、痛くない日のほうが増えていた。そういう治り方でした。
そして最後には、素手で洗い場にも、調理場にも立てるところまで戻りました。
いま振り返って思うのは、効いたのは特定の何かというより、手を休ませる期間があったことなんじゃないか、ということです。毎日の負担がいったん止まっているあいだに、皮膚が自分で追いついてくれた。
それ以来、あそこまで荒れることはなくなりました。ただ、たまに「荒れそうだな」と思う時期はあります。そういうときは、仕事が終わってからユースキンを塗る。いまは、それくらいの付き合い方で済んでいます。
※ これは僕の場合の経過です。手荒れの原因も、治り方も、人によって違います。ひどいときは皮膚科へ行ってください。
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荒れていたのは、手だけじゃなかった
正直に書くと、あの時期に不調が出ていたのは、手だけではありませんでした。
生まれて初めて腰を痛めたのも、同じ時期です。肩は異常に凝って、首から頭まで痛くなりました。
無理をしていたのか。飲食業に身体を合わせるための時期だったのか。生活のせいだったのか。いまでも、よくわかりません。
ただ、そのあと何度か職場が変わって、はっきりしたことがひとつあります。
調理場が変わると、身体が馴染むまで、どこかしらに負担が来る。
使う道具も、動線も、立ち位置も、水の温度も、一日の組み立ても、全部変わります。身体はそれに合わせて作り替えられていくわけで、その途中でどこかが音を上げる。手に出る人もいれば、腰に出る人も、肩に出る人もいる。
だから手荒れも、「手だけの問題」というより、その時期の身体全体の話だったんだろうと、いまは思っています。
いちばん伝えたいのは、早めにケアすること
ここまで手袋とケア用品の話を書いてきましたが、いちばん伝えたいのは、そこではありません。
荒れ始めたころ、僕は忙しさと面倒くささで、「そのうち治るだろう」と見て見ぬふりをしました。
その結果、手を開くのも閉じるのも痛いところまで悪化してから、ようやく本気で対策を始めました。そこまで悪くなると、何を使ってもすぐには戻りません。
最初に少し荒れ始めた、あの時点でケアしていれば。いまでもそう思います。
そして、これがこの記事の結論です。
「治す」より「悪化させない」。
毎日同じ負担を与え続けていれば、ケアだけでは追いつきません。守ることと、ケアすること。両方が要ります。
手袋も、クリームも、作業のやり方も、全部そのための道具です。何が合うかは人それぞれですが、「まだ大丈夫」と思っているうちに手を打つこと——これだけは、誰にでも当てはまると思っています。
そしてこれは、たぶん手だけの話ではありません。腰も、肩も、同じです。
あのとき、皮膚科の先生が言っていたことでもあります。
今日の1曲
作詞は、やなせたかしさん。アンパンマンを描いた人です。
この歌が生まれたのは1961年。当時のやなせさんは漫画家として行き詰まっていて、先の見えない時期でした。暖房を切った寒い部屋で夜中に仕事をしていて、ペンが止まる。冷えた手を電気スタンドで温めたら、指が赤く透けて見えた。
子どものころ、懐中電灯で手を光らせて遊んだことを思い出したそうです。それで職場にあった懐中電灯を手のひらに当ててみたら、血が流れているのが、きれいに見えた。
落ち込んでいたけれど、自分の血はこんなに元気に流れている。そこからあの歌詞ができました。
自分の手を、じっと見た人の歌なんです。
ぼくらはみんな生きている生きているから歌うんだ
ぼくらはみんな生きている生きているからかなしいんだ
手のひらを太陽にすかしてみれば
まっかに流れるぼくの血潮(ちしお)
ミミズだってオケラだって
アメンボだって
みんなみんな生きているんだ
友だちなんだ「手のひらを太陽に」(作詞 やなせたかし/作曲 いずみたく)より
手が荒れていた時期、僕も自分の手をよく見ていました。ただし、見ていたのはひび割れと、貼った絆創膏の枚数です。生きている証拠だなんて思う余裕は、まったくありませんでした。
でもいま振り返ると、あの手は毎日ちゃんと働いていた手でした。荒れるくらい、水と洗剤と食材に触っていたということです。
だから、荒れる前に守ってあげてください。その手は、これからも使う手です。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、おやすみなさい。
