焼くだけで、わかる ― 手打ちの鉄フライパン、ゆきぱんの話
こんばんは、ひろしです。
今日は、うちの台所にいる、一枚のフライパンの話をさせてください。
結論から言うと、このフライパンは、お店では買えません。
広島の、ひとりの作家さんが、一枚ずつ、手で打って作っています。
名前は、ゆきぱん。
5年使って、いまも最高です。
説明していきます。

目玉焼きが、縦に高くなる
ゆきぱんを使っている人は、みんな同じことを言います。
目玉焼きが美味しい。ソーセージが美味しい。肉が美味しい。
ぼくも使ってみて、すぐにわかりました。
火の入り方が、違うんです。
いちばんわかりやすいのが、目玉焼き。
ふつうのフライパンだと、白身は横へ広がっていきます。
ゆきぱんだと、横に広がりきる前に火が入って、そのまま上へふくらんでいく。
目玉焼きが、縦に高くなるんです。
縦にふくらむから、白身をしっかり焼いても、黄身はトロトロのまま。
なぜそうなるのか。ぼくなりの答えは、後半で書きます。
声のSNSで、出会った
ゆきぱんを知ったのは、2021年の冬でした。
当時、Clubhouseという「声のSNS」が流行りはじめた頃で、ぼくもやっていました。
ある日、書道家の武田双雲さんがホストの回に入りました。
武田さんには、ワイナリー時代のイベントでお会いして、話をして、料理も食べていただいたことがあったんです。
それで、あの時はありがとうございました、というようなことを話しました。
その同じ回で。
広島の作家さんが、手打ちの鉄フライパンの話をしていました。
それが、ゆきさんでした。
気になって調べて、一枚、注文しました。
ゆきぱんは予約制作です。作品づくりの合間に、一枚ずつ打つので、すぐには届きません。
待つ時間も、ちょっといいんですよね。
ゆきさんという、作り手
作り手は、岡本祐季(おかもと ゆき)さん。
屋号は、ラフォルジュロンデコラシオン(la forgerone decoration)。フランス語の「鍛冶屋(ル・フォルジュロン)」を女性形にした造語に、「装飾」を添えた名前です。
本業は、鉄の造形作家。
つまり、アーティストです。
もともとは、証券会社の営業だったそうです。
ゆきさんには、よく通っていた、お気に入りのカフェがあって。
その店内に飾られた鉄のオブジェに、惚れ込んだそうです。
その鉄を作ったのは、まさか、そのカフェのマスター本人だった。
会いたかった作り手は、最初からそこに居た。
だから、弟子にしてほしいと頼んだ。
断られました。
力の要る仕事だから、どうせすぐやめるだろうと。女性なら、なおさら続かないだろうと。
それでも、何度も、何度もお願いして。
ようやく認めてもらって、弟子入りした。
そこから10年修行して、独立した。そういう人です。
鍛冶は、重い鉄を打ちつづける仕事。
その力仕事を、女性がひとりでやり抜いている。
製作が立て込んで、鉄を叩く日がつづくと、打つほうの腕だけが、筋肉がついて太くなるそうです。
ご本人から、そう聞きました。
努力が、そのまま、からだに出ている。
その仕事を、いまも、続けている。
そのこと自体が、すごいことだと思うんです。
この話を聞いたとき、ぼくは他人事に思えませんでした。
ぼくも大学を出て、未経験のまま「給料は要らないので」と飲食の世界に飛び込んだ口です(このときの話はチーズの記事に書きました)。
ゆきさんの方が、ずっとすごかったけれど。
この道のりは、ゆきさん自身がブログの連載「私はこうして鍛冶屋になった」に書いています。
▶ ゆきさんのブログ(la forgerone decoration)
照明から大きなオブジェまで手がけて、テーマは「軽やかで、しなやかな、鉄」。
作品は、博多駅の屋上にある一人掛けの椅子から、製鉄所の7メートルのモニュメントまで。
資生堂やサントリー金麦のCMに出演したり、NHKやフジテレビの特集が組まれたり——広島では、結構な有名人だと思います。
ぼくなんかが紹介するのも、おかしいくらいの。
「見学お断り」のアトリエへ
そしてプロフィールには、こう書いてあります。
※ アトリエの見学はお断りしています ※
でもぼくは、特別に、招いていただきました。
ゆきさんは昔、ぼくがのちに専属料理人をつとめるワイナリーを、訪れたことがあったそうです。
ぼくがそこで働くよりも、前のこと。
そのときの思い出を、なつかしんでくださって。
2021年2月25日。ぼくは広島のアトリエで、ゆきさんとたくさん話をしました。
とても素敵な人でした。
特別に見せていただいた場所なので、写真は、あえて一枚も撮りませんでした。
だからこの記事に、アトリエの写真はありません。
その場で、2枚目のゆきぱんを買って帰りました。
ゆきぱんが生まれた話
アトリエで聞いた話です。
ゆきぱんは、もともと売り物ではありませんでした。
友達のために作ったフライパンが評判になって、友達から友達へ、口づてに広がっていった。
作品づくりの合間に打つものだから、数は多く作れない。
そんな存在でした。
そこへ、コロナが来ました。
あらゆることが止まって、作品の依頼も止まって、この先どうなるかわからない。
その不安な期間を支えてくれたのが、ゆきぱんだった——と、ゆきさんは話してくれました。
ステイホームで、家でキャンプをするのが流行った頃。ゆきぱんは、すごく求められたそうです。
やっぱり、良いものだったから。
焼くだけで、わかるって、最強だと思うんです。
なぜ美味しくなるのか——ぼくの仮説
ここからは、料理人としてのぼくの仮説です。
ゆきぱんは、鉄の塊を、手で打って作ります。
いまの鉄のフライパンは、ほとんどが、鋳造(型に流し込む)か、プレス(型で押して成形する)で作られます。
そうした作り方はもちろん、機械で叩くのとくらべても、手打ちは、叩く回数が圧倒的に多い。
叩かれた鉄は、密度が上がる。
密度が上がると、熱のたまり方と伝わり方が変わる。
だから、火の入り方が変わる——ぼくはそう考えています。
それに、もうひとつ。
手で打つということは、その一振り一振りに、気持ちがこもるということです。
数字にはできないけれど、ぼくは、味に出ると思っています。
目玉焼きが縦に高くなるのも、ソーセージの皮がぱりっと張るのも、たぶん同じ理由です。
面白がって、温度計で測って遊んだこともあります。こういうことをやり出すと、料理人は止まりません笑
鉄のフライパンそのものの性質については、フライパンの選び方の記事にも書きました。あわせてどうぞ。
皿になる、フライパン
じつはぼく、ゆきぱんで、ひとつ夢を見たことがあります。
お店を準備していた頃、すべての料理を、想いのある作家さんの器で出すつもりでいました。
そのなかで、お皿と調理器具を兼ねられるものが、ひとつだけあった。
ゆきぱんです。
イメージは、ファミレスの鉄板ハンバーグ。
といっても、載せるのは和牛や、鴨、イノシシ、鹿——そういう肉料理です。
焼いたそのまま、ゆきぱんごとお客様に出せば、お皿になって、保温までしてくれる。
しかも鉄ですから、よく切れるシャトーラギオールの鉄のナイフを立てても、なにも気にしなくていい。作家さんの陶器のお皿では、こうはいきません。
アトリエでその話をしたら、ゆきさんが言いました。
「持ち手まで全部鉄だから、持ち手だけは何かで保護した方がいい」
お客様が火傷しないように、そこまで心配してくれる。
ぼくも同じことを考えていて、持ち手は革で保護するつもりです、と答えました。
作る人と使う人の心配が、同じところにある。いい道具って、そういうものだと思います。
お店は事情があって撤退したので、この計画は実現していません。
でも、ゆきぱんが料理の主役になった日は、ちゃんとありました。
行列の日、ゆきぱんで焼きつづけた
フェニーチェとして、あるイベントに出店したときのことです。
ゆきぱんで焼いたのは、オープンサンドの、具。
地元でとれた、イノシシのハンバーグ。
地元の農家さんの、とれたての有精卵で、目玉焼き。
その目玉焼きにのせたのは、白南風さんのベーコン。
土台は、地元のパン屋さんの食パン。そこへ、木次乳業のプロボローネチーズと、パスチャライズ牛乳でつくったベシャメルソースを重ねました。
地元の、おいしいものばかりを、ゆきぱんの上で。
その日は、すごい行列で。
ぼくは、ゆきぱんで、ひたすら焼きつづけました。
お店で描いた夢とは、かたちは少しちがう。それでも、ゆきぱんが料理の真ん中にいた一日でした。
お店のことは、La Fenice のインスタグラムに、少しだけ。あまり更新できていないのだけど。
白南風さんのベーコンのこと
— 少し、寄り道を —
あの目玉焼きにのせたベーコンのことを、少しだけ。
白南風さんのベーコンは、なかなか手に入りません。
島根に来たばかりの頃、ふらっと立ち寄った工房で、青木さんご夫婦が、作り方を、ひとつひとつ、丁寧に教えてくださいました。
ふつう、燻製は煙で燻します。
でも白南風さんのは、ちがいました。
手づくりの大きな煉瓦の窯に、肉を吊るす。その下で薪を、完全に燃やしきる。その澄んだ煙で、長い時間をかけて、じっくりと。
一度食べたら、忘れられない味です。
その貴重なベーコンを、イベントで使わせてほしいとお願いしたら、快く、たくさん分けてくださいました。
ずっとあとになって、知りました。
ご主人の青木さんは、火山の写真家でもあったこと。学校の教材になるほどの、名の知られた方だったこと。
先日、撮影の途中の事故で、亡くなられたと聞きました。
あのベーコンを分けてくださった手のことを、今でもふと、思い出します。
キャンプで、大活躍
先日、3家族でキャンプに行きました。
ゆきぱんも、連れて行きました。
焼いたのは、目玉焼き、ソーセージ、パン、にんじん。
家のコンロでも、キャンプの火でも、ゆきぱんは変わりません。
熱源が何であれ、最高の仕上がりにしてくれる。
ステイホームの頃、家キャンプでゆきぱんが求められた話を書きました。
ほんものの火の前では、なおさらでした。
子どもたちと、ゆきぱん
うちの子どもたちは、毎朝、自分で卵を割って、ゆきぱんで目玉焼きを焼きます。
3歳の頃からです。
いま6歳の長男は、片手で卵を割ります。
ぼくが片手で割れるようになったのは、26歳でした笑
先日、あるイベントで、子どもたちがお絵描きをしました。
お題は、「好きな食べもの」。
誰もなにも言っていないのに、ふたりとも、同じものを描きました。
ゆきぱんで焼いた、目玉焼きです。
ゆきぱんは、うちの暮らしの真ん中にいます。
* * *
ゆきぱんに、会いたくなった人へ
ゆきぱんは、予約制作です。
ゆきさんのサイトから申し込めます。
一枚ずつ手で打つものなので、時間はかかります。
でも、待つ価値は、5年使ったぼくが保証します。
いますぐ鉄をはじめたい人へ
ゆきぱんを待つあいだに、市販の鉄フライパンで「鉄の暮らし」をはじめておくのもいいと思います。
選び方と育て方は、こちらに書いています。
フライパンの選び方|鉄・アルミ・ステンレス・テフロンを料理人が解説
お手入れの道具も、シンプルでいい。
たわしと、ささら。石けんは、基本いりません。
まとめ
いいものは、焼くだけでわかる。
作る人の時間が、道具の中に入っている。
ぼくの台所には、その証拠が二枚あります。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、おやすみなさい。
今日の一曲
書きながら、ふっと、頭のなかに流れてきた曲がありました。
松任谷由実さんの、「やさしさに包まれたなら」。
『魔女の宅急便』の、エンディングのうたです。
なんでこの曲なんだろうと、あとから、たどってみました。
目玉焼き。そこから、『天空の城ラピュタ』の、あの一枚。ジブリ。そして、『魔女の宅急便』。
キキが、はじめて自分のお店の看板を掲げる、あの場面。
あの看板も、たしか、鉄だった気がします。
弟子入りして、修行して、独立して、やがて自分の看板を掲げる。
ゆきさんの歩いた道と、どこかで、重なりました。
曲が先で、理由は、あとから。きっと、そういうものなんですよね。
小さい頃は神さまがいて
不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持で目覚めた朝は
おとなになっても 奇跡はおこるよ
小さい頃は神さまがいて
毎日愛を届けてくれた
心の奥にしまい忘れた
大切な箱ひらくときは今

