前回、僕のコーヒーの始まりの話を書きました。手回しミルと、膨らまない豆と、「ちょっとそこ座れ」の豆屋さん。

今回は、その続きです。コーヒーの本や雑誌を読みあさっていた僕が、ひとりの焙煎人に会いに行く話。

その人の名前は、中川ワニさん。バンに乗って日本中を回りながら、各地でコーヒーを淹れている焙煎人です。

雑誌の中の、ワニさん

ワニさんを知ったのは、たしか雑誌でした。本人の写真と、コーヒーを淹れている写真と、インタビュー。

自分の両手で開いたコーヒー雑誌を読んでいる一人称視点の水彩イラスト
何度も、読み返した。

いちばん覚えているのは、その淹れ方です。円錐形のドリッパーで、ひたすら真ん中に、ずっと注ぎ続ける。止めたり注いだりを繰り返す、僕の知っているハンドドリップとは全然違いました。

記事には、当時のワニさんがマンションの最上階に住んでいて、焙煎機を置くためにマンションを改造して、煙突まで付けた——というような話が載っていた気がします(何しろ昔の記憶なので、細部は違うかもしれません)。とにかく、この人はただものではない、ということだけは分かりました。

雑誌を読んだあと、僕はさっそくその淹れ方を真似してみました。真ん中に、ひたすら注ぎ続ける。

——ワニさんの写真みたいには、膨らみませんでした。前回書いた「膨らまない問題」は豆の鮮度で解決したはずなのに、それでも、あの写真のようには、いかない。

豆は、いつも売り切れていた

それからしばらくして、金沢に「アウン堂」という店があることを知りました。ワニさんの焙煎した豆を扱っている店です。

ただ、ワニさんの豆は人気で、入荷してもすぐなくなる。ある時しか買えない豆でした。僕が行った日も、豆はありませんでした。飲めなかった。

お店の人に「飲みたかったんです」という話をしていたら、教えてくれました。今度、ワニさん本人がこの店に来る。ただし、その会はもう満席。

そのかわり——アウン堂のお客さんでワニさんのファンの方が、富山県砺波市の自宅にワニさんを呼んで会を開く。そっちの枠なら、空いているかもしれない、と。

電話をしてみたら、空いていました。

本当に、ただの民家だった

当日、行ってみると、会場は本当に個人のお宅でした。お店でもイベントスペースでもない、よそのお家のリビングとキッチン。

ただ、普通の民家という感じでもありませんでした。リビングがすごく広くて、すごくいい家。知らないお宅のリビングで、知らない人たちと一緒に、コーヒーの焙煎人を待つ。いま思えば、なかなか不思議な時間です。

テーブルに並んだ銅のポットとコーヒー道具のフィルム写真
会のはじまり。テーブルには、銅のポットと道具たち。(コマ322)
民家のリビングに集まる参加者たちのフィルム写真
知らないお宅のリビングに、知らない人たち。(コマ321)
会場で談笑するワニさんたちのフィルム写真
会場のすみで。(コマ318)

雑誌の、そのまんまだった

ワニさんは、優しい感じの人でした。勝手に職人気質の怖い人を想像していましたが、本当に優しそうで、わりとよく喋ってくれる人でした。

リビングに座るワニさんと奥のキッチンのフィルム写真
リビングの、ワニさん。(コマ329)

そして、目の前でコーヒーを淹れ始めました。

雑誌の、そのまんまでした。円錐のドリッパーの真ん中に、ひたすら注ぎ続ける。そして——膨らんだんです。僕が家で何度やっても再現できなかった、あの膨らみが、目の前で。

たぶん、豆の鮮度が違ったんだと思います。焙煎人が自分で焼いた、いちばんいい状態の豆。それを、焼いた本人が淹れる。

ペーパーフィルターの中の挽きたてのコーヒー粉のフィルム写真
挽きたての豆が、ペーパーの中に。(コマ320)
真剣な横顔でポットからコーヒーを注ぐフィルム写真
真ん中、一点に。(コマ325)

最初の三投で、味が決まるから

ワニさんは、淹れながらいろいろ説明してくれました。その中で、いまも覚えている言葉があります。

最初の一投目、二投目、三投目までは、忙しいから。
人と喋ってる暇なんてない。

正確な言い回しは多少違うかもしれませんが、そういう趣旨のことでした。最初の三投は、集中して豆と対話する時間。豆の状態と膨らみ方を見極める、コーヒーの味がそこで決まるくらい大事なところだから、喋っている暇なんてない——と。実際、その三投のあいだのワニさんは、本当に何も喋りませんでした。

目の前で見るその姿は、僕には演奏のライブのように見えました。コーヒーの抽出を「ライブ」として見たのは、あれが初めてだったと思います。

同じ豆、同じお湯。それでも味は、人で変わる

その会には、もうひとつ、いまの僕の根っこになった体験があります。

参加者みんなで、コーヒーを淹れたんです。ワニさんが焙煎した同じ豆。同じような器具。同じ温度のお湯。

参加者がコーヒーを淹れる様子のフィルム写真
ひとりずつ、順番に淹れていく。(コマ323)

条件はほぼ同じはずなのに——

同じ豆で、同じ温度のお湯で淹れても、
人によって、全然味が違う。

これが、本当に面白かった。コーヒーはレシピ通りにやれば同じ味になるものではなくて、淹れる人の何かが、味に出る。

テーブルを囲んでコーヒーを淹れる参加者たちのフィルム写真
同じ豆なのに、味はそれぞれ違った。(コマ326)

のちに料理人になった僕は、この発見に何度も再会することになります。同じレシピを渡されても、同じ味にはならない。だから修行があり、だから面白い。その最初の一回が、コーヒーだったんです。

あれから、僕の淹れ方は変わった

その日から、僕のドリップは変わりました。真ん中一点に、集中して注ぐ。ときどき、少し回しながら。ワニさんの淹れ方が、僕の淹れ方のベースになりました。

正直に書くと、それで自分のコーヒーが劇的に美味しくなったかというと、まだ分かりません。でも、あの日のことは、いまもはっきり残っています。味の記憶というより、体験の記憶として。20年以上たっても、コーヒーを淹れるたびに、どこかであの日の「ライブ」を思い出しているのだと思います。

テーブルの上の銅の道具たちのフィルム写真
銅の道具たち。(コマ327)
銅の筒とドリッパーが置かれたテーブルのフィルム写真
小さな銅の筒と、一杯。(コマ331)

写真に何度も写っている銅の筒は、ワニさんの持ち物です。あの筒の中に、ドリッパーと、豆入れと、サーバー兼カップが、ひとつに収まるようになっている。どこかの作家さんにもらったものだ、と言っていました。バンで日本中を回る焙煎人の、旅の道具。いいなあ、と思って何枚も撮ったのだと思います。

ちなみにこの日の写真は、オリンパスのPEN FTという古いフィルムカメラで撮りました。ハーフサイズといって、フィルム1コマに2枚撮れる小さな規格なのに、レンズ交換までできる、ちょっと珍しいカメラです。

オリンパスPEN FTをイメージしたハーフサイズフィルムカメラの水彩イラスト
オリンパスPEN FT(イメージイラスト)。この佇まいが、好きなんです。

写りは今のカメラのようにシャープではありません。でも、あの夜の空気には、この写りが合っている気がします。PEN FTは、いまも手元にあります。最近はあまり撮らなくなったけれど、あの佇まいが好きで、手放す気になれません。もう20年近く前の、砺波の夜でした。

つづく

コーヒーの旅は、まだ続きます。

数年後、僕は「コース料理の最後の一杯」を探して、島根のある焙煎人の店を訪ねることになります。立派なカウンターで、注文もしていないのに次々とコーヒーが出てきて、最後に、小さなガラスの一杯が置かれる——。

次回は、その話です。

今日の一曲

ペギー・リー「Black Coffee」

1953年の、ジャズのスタンダード。ブラックコーヒーを飲みながら、けだるい夜を過ごす歌です。

あとで知ったのですが、ワニさんの奥様は、ジャズシンガーなのだそうです。コーヒーとジャズが、あのご夫婦の中でつながっている——それを知ったとき、この記事の曲はこれしかないと思いました。

この曲は、サラ・ヴォーンもエラ・フィッツジェラルドも歌っています。同じ曲なのに、歌う人で全然違う。淹れる人で味が変わるコーヒーと、同じです。僕は、ペギー・リーの煙みたいな声のBlack Coffeeが好きです。

本日もお読みいただき、ありがとうございました。