スイカたろうは、友だちになった
こんばんは、ひろしです。
先日、長男が小学1年生のときに書いたお話を、絵本にしました。
その記事を、次男が見ていました。5歳です。
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それから何日かして、こう言ってきました。
ぼくもお話つくった。
本文を、そのまま載せます
まだ字が書けないので、本人が話した言葉を、僕が書き取りました。
一字も直していません。言い回しも、そのままです。
そしておじいさんとおばあさんはそのスイカたろうを育てて一緒に暮らしました。そうしてある日のこと鬼が泣きそうな顔で街を荒らしています。そしてすいか太郎がなんでそんな顔をしているのと聞いたら、鬼はこう答えました。友達が欲しいんだ。お前友達になってくれるかと鬼に聞かれた。まずスイカ太郎はいいよと言いました。そしてスイカ太郎は鬼と仲良しになって、それでまず村に帰って、皆に果物をあげてから、鬼のとこまでも歩いて行って、鬼のとこの仲間と一緒に遊んだり楽しんだりしました。おしまい
スイカたろうのこと
絵にするにあたって、作者に細かく聞きました。決まっていることが、いくつもありました。
- 頭はスイカ。緑に黒のギザギザ模様
- 体は赤い服。胸にスイカのマーク
- 鼻はない。太い眉と、への字の口
- 紫の剣を、肩の後ろに担いでいる
- その剣を抜くと、2倍くらいに大きくなる
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この剣の設定は、いちばん最初に聞きました。
原画を見せてくれたとき、本人が真っ先に教えてくれたんです。肩の後ろのこれは剣で、抜いたら2倍くらいに大きくなる。鬼は自分の4倍くらい大きい、と。
それだけ大事な設定だったわけです。
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ところが、本文を聞き取って書いているとき、僕は気づいていませんでした。
絵本の形にして、通して見て、初めて気づいたんです。
スイカたろうは、最後まで一度も剣を抜かなかった。
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抜けば2倍になる剣を持っていて、相手は4倍の大きさの鬼で、それでも抜かなかった。
いちばん最初に教えてくれるくらい大事にしていた力を、この子は使わせなかったことになります。
スイカたろうも、平和的で素敵だなあと思いました。
絵本にしました
表紙は、本人が描いた原画です。これ以上のものは、ありませんでした。













鬼は、ちゃんと許可をとりに来ていた
この絵本、最初に公開したときは、11ページと12ページが逆でした。
公開したあとに、作者から訂正が入ったんです。
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村で果物をあげて、そのまま鬼のところへ遊びに行った。そうではありませんでした。
鬼たちは先に、スイカたろうのおじいさんとおばあさんのところへ来ていました。
スイカたろうを、あずかってもいいですか、と。
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いいですよ、と言われたので、それから連れて行った。
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これを聞いて、話の構造が変わりました。
鬼には、はじめから悪気がなかった。友だちがほしかっただけだった。
それを証明するみたいに、わざわざ許可をもらいに来ています。
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黙って連れて行くこともできたはずです。相手はスイカたろうの4倍の大きさで、力もある。おじいさんとおばあさんに止められる道理もない。
でも、そうしなかった。
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町を荒らしていた鬼が、家の人にちゃんと断りを入れてから、友だちを連れて行く。
そういう話でした。
兄の物語と、弟の物語
長男の「マンゴーたろう」でも、鬼は倒されませんでした。
そして公開したあとに、作者から聞きました。あの鬼は町を壊していたのではなく、仲間を探していただけだった。体が大きすぎて、歩くだけで家が壊れていた、と。
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弟の物語では、それが最初から書いてあります。
鬼が泣きそうな顔で街を荒らしています。
友達が欲しいんだ。
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兄が後から明かしたことを、弟は最初から知っていました。
見ていたんだと思います。兄の物語を。
兄の物語マンゴーたろうは、鬼と戦わなかった
今日の1曲
頭に流れてきたのは、鬼のパンツでした。
なぜだろうと思って、書き出してみたんです。そうしたら、こうなりました。
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まず、鬼。これは説明がいりません。兄の物語にも、弟の物語にも、鬼が出てきます。
次に、電車。僕の地元、北大阪急行の桃山台駅では、電車が来るときにこのメロディが流れます。子どものころ、毎日聞いていました。いまは実家に帰ったときだけです。子どもたちも聞いていて、覚えています。
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ここからが、書いていて鳥肌が立ったところです。
「鬼のパンツ」には原曲があります。イタリアの「フニクリ・フニクラ」です。1880年に、ルイジ・デンツァという人が作りました。
僕は、イタリア料理人です。
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そして、この曲が何のために作られたか。
ヴェスヴィオ火山の、登山電車の宣伝のためでした。世界でいちばん古いコマーシャルソングだと言われています。
火山です。
僕は先日、ヤマタノオロチの正体は火山の噴火かもしれない、という記事を書いたところでした。
火山の記事ヤマタノオロチは、何だったんだろう
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イタリアの火山を登る電車の歌が、海をこえて、大阪の駅で電車が来る音になって、子どもたちが歌う鬼のパンツになった。
鬼。電車。イタリア。火山。
ぜんぶ、この記事の中にあるものでした。
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もうひとつ。「鬼のパンツ」の作詞者は、わかっていません。
JASRACの登録も「作詞者不詳」です。誰が作ったのかわからないまま、みんなが歌えるようになった歌です。
歌は、歌い継がれることで残る。前の記事に、そう書きました。
歌い継ぐということ三年で、八十曲。― 相羽崇巨さんと、四つ葉のクローバー
その見本のような歌が、いま僕の頭の中で鳴っていたわけです。
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偶然にしては、出来すぎている気がします。
次男が呼んだ奇跡かもしれません。
桃山台駅で流れているところ。この音で育ちました
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、おやすみなさい。
