同じ品種でも、味は変わるのか|コーヒーの品種の話
コーヒー豆を買うとき、袋のどこを見ていますか。
僕は、ずっと国の名前を見ていました。ブラジル、グアテマラ、エチオピア。
最近の袋には、もっとたくさんの名前が並んでいます。ブラジルのあとに「サン・アントニオ」、さらに「プレミアムショコラ」。グアテマラのあとに「アンティグア」と「SHB」。正直に言うと、どれが畑の名前で、どれが豆の品種なのか、よく分かっていませんでした。
知っている品種は、アラビカとロブスタくらい。ずっとコーヒーが好きで、焙煎も淹れ方も勉強してきたのに、品種だけは、ほとんど見ていなかったんです。
気になりはじめたのは、この連載でコーヒーの歴史を書いていたときでした。調べれば調べるほど、コーヒーはワインの世界に似ている。インドには、ワインと同じように、国が産地の名前を守る仕組みまでありました。
僕は以前、島根の奥出雲葡萄園というワイナリーで、レストランの料理を作っていました。
ワインの世界では、同じぶどうでも、育つ場所で味が変わるのは当たり前の話です。同じシャルドネでも、フランスとチリとニュージーランドでは、まったく違う味になる。同じ畑でも、年によって違う。
ワイナリーでは、年違いのシャルドネを並べて飲み比べたこともあります。いちばん古い1998年ごろのものは、枯れ葉や土のような香りになっていて、それでも、十分に飲めるワインでした。
いまでも覚えている一杯もあります。富山にいたころ、ときどき一人で通っていたワインバーでのことです。週末に、いいワインを1本開けて、お客さんみんなで少しずつ楽しむことがある店で、平日に行ったら、それが残っていました。フランスのピノ・ノワール。グラスにほんの少しで、2,000円くらいだったと思います。
飲んだ瞬間に「おー」となりました。香りに深みがあって、複雑で、ぶどうの育った土地が頭に浮かんでくるようでした。同じピノ・ノワールでも、チリのものは、ふだん飲みにちょうどいい味。どちらがいい悪いではなく、まったく別のワインでした。
だとしたら、コーヒーも同じなんじゃないか。同じ品種を、世界のいろんな場所で育てたら、きっと味が違うんじゃないか。
今回は、その仮説を確かめてみる回です。書きながらいちばん勉強になるのは、たぶん僕です。


種は133。飲まれているのは、ほぼ2つ
はじめに、言葉を整理しておきます。
アラビカとロブスタは、じつは「品種」ではなく、もう一つ大きなくくりの「種(しゅ)」です。
ワインで考えると分かりやすいかもしれません。ワインになるぶどうの多くは、「ヴィニフェラ」という一つの種です。シャルドネも、ピノ・ノワールも、その中の品種。コーヒーも同じで、アラビカという種の中に、ティピカ、ブルボン、ゲイシャといった品種があります。
コーヒーの仲間の種は、いま133種が見つかっています。2025年に、リベリカという種が3つに分けられて、この数になりました。
でも、世界で飲まれているのは、ほぼ2つだけです。2024年から25年にかけての生産は、アラビカが約58パーセント、ロブスタが約42パーセント(国際コーヒー機関)。ほかの種は、全部合わせても、ほんのわずかです。

アラビカは、涼しい高地で育ち、酸味と香りが持ち味です。ロブスタは、正式にはカネフォラという種で、低い土地で育ち、苦みが強く、カフェインはアラビカのおよそ2倍。インスタントコーヒーや、ブレンドの土台を支えています。
どちらが上、という話ではありません。役割が違うんです。ここから先は、アラビカの中の品種の話をします。
アラビカは、ハーフだった
アラビカの生まれは、少し意外です。
数十万年前、アフリカのどこかで、2つの野生のコーヒーが自然に交わって生まれました。一つは、さっきのロブスタ(カネフォラ)。もう一つは、ユーゲニオイデスという、ふだんはほとんど飲まれることのない野生の種です。
いつものアラビカは、ロブスタと、もう一つの野生のコーヒーの「ハーフ」だったんです。
そうして生まれたアラビカの故郷が、エチオピアの高地です。アラビカには、自分の花粉で実をつけられる性質があります。便利な性質ですが、そのぶん、ほかの木と混ざりにくい。親から子へ、よく似た木が続いていきます。

世界のアラビカは、ほとんど親戚
エチオピアの外で育っているアラビカは、ほぼすべてが、15世紀ごろイエメンに渡った木の子孫です。
そこから先は、この連載の歴史の回で書いたとおりです。インドへ、ジャワへ、アムステルダムへ、ブルボン島へ。運ばれるたびに、少ない本数に絞られていきました。
そうして生まれた2つの大きな系統が、ティピカとブルボンです。
ティピカは、1706年にジャワからアムステルダムの植物園に届いた、1本の木にたどり着きます。その子孫がパリへ、カリブ海のマルティニーク島へと渡り、中南米に広がりました。1940年代まで、中南米のコーヒー畑の大半はティピカでした。名前は、ラテン語で「典型的な」という意味です。
ブルボンは、イエメンからインド洋のブルボン島に渡った苗の子孫です。歴史の2回目に書いた、1715年の話です。何本の苗が根づいたのかは、資料によって違います。島で育ったこのコーヒーは、19世紀の半ばから、島の外へ広がっていきました。ブラジルに渡ったのは、1860年ごろです。

ブルボン島は、いまはフランスの海外県「レユニオン」です。地図の上からブルボンという名前は消えましたが、コーヒーの名前の中には、いまも残っています。料理でおなじみの「ブルボン・バニラ」も、同じ島の名前から来ています。
僕が最近買ったルワンダの豆も、ブルボンでした。袋の小さな文字の中に、あの島の名前が残っていたわけです。
品種の名前は、土地と、人と、番号
品種の名前を調べていくと、おもしろいことに気づきます。
島や町の名前。見つけた農家の一族の名前。研究者の名前。研究所で木に振った番号。品種の名前には、コーヒーに関わった土地と人の足あとが、そのまま残っています。

ゲイシャは、日本の芸者とは関係ありません。エチオピアの南西部にある、ゲシャという土地の名前です。
SL28は、ケニアのスコット研究所で選ばれた28番。カスティージョは、コロンビアの研究者の名前。ムンド・ノーボは、ブラジルの町の名前で、「新世界」という意味です。
同じ品種でも、味は変わるのか
ここからが、今回の本題です。
答えから書くと、変わります。いくつもの研究で確かめられています。
中米のコスタリカで畑を比べた研究では、標高の高い畑ほど味の評価が高く、朝日の当たる東向きの斜面がよい結果でした。1本の木にたくさん実をつけさせると、酸味が落ちました。産地によって、花のような風味、チョコレートのような風味と、はっきり違いが出ています。
木陰で育てた研究もあります。日陰では、実が熟すのが最大で1か月ほど遅れ、豆が大きくなり、味がよくなりました。日なたの豆は熟しきらず、苦みと渋みが出たそうです。
インド洋のレユニオン島、あのブルボン島での研究では、実が育つ時期が涼しい畑ほど、酸味と果物のような風味が出て、暑い畑では、土っぽい風味が出ました。

読んでいて、ワイナリーにいたころのことを思い出しました。
シャルドネの収穫の時期になると、僕はレストランを閉めて、畑の手伝いに出ていました。収穫はハサミで一房ずつ。数日がかりで、ちょうど台風の季節と重なります。いちばんいい日に摘めるとは限りません。
ある年は、収穫が遅れて実が熟しすぎ、傷みや腐れが出てしまいました。理想的な年なら、そのまま搾りに回せます。でもその年は、腐ったところをハサミで一つずつ切り落とす「選果」をしなければならなかった。仕事が終わってからも、休みの日も、続けました。
その年のシャルドネは、雑味がなく、クリアな味でした。香りも、いつもの年よりよかった。
理由は、選果だけではなかったと思います。熟しすぎていたぶん、腐った実を外したあとには、よく熟した実だけが残った。それが、ちゃんと味と香りに出ていたんです。

コーヒーも同じです。コーヒーの実は、同じ枝の中でも、熟す時期がばらばら。質を大切にする産地では、赤く熟した実だけを、人の手で選んで摘んでいきます。摘んだあとも、欠けた豆や傷んだ豆を取り除く。熟しきらない実が混ざれば、苦みや渋みになります。

料理でも、同じことを感じてきました。同じ野菜でも、育った畑で味がまったく違う。料理には、素材がすべて、というところがあります。
ただ、いつも最高の素材が手に入るとは限りません。同じ野菜でも、その日によって状態が変わります。そういうときは、調理法を工夫して、おいしく仕上げる。そこが料理人の腕なんだと思います。
実から豆を取り出して乾かす「精製」のやり方でも、焙煎でも、味は変わります。品種、土地、その年の天気、摘み方、精製、焙煎。どれがいちばん効くのかを決めた研究は、見つかりませんでした。全部が少しずつ効いている、というのが、いまのところの答えです。

ワインの人たちが「テロワール」と呼んでいるもの。土地と気候と、その年の天気と、人の手。コーヒーにも、ちゃんとそれがありました。
ワインとちがうのは、造る場所
ただ、ワインとコーヒーには、大きくちがうところもあります。「造る」場所です。
ぶどうは、摘んだらすぐに傷みはじめます。だから、畑のすぐ近くの醸造所でワインにする。造って瓶に詰めてしまえば、10年は余裕でもつワインもあります。
コーヒーも、実から豆を取り出して乾かす「精製」までは、畑の近くでやります。でもそのあとは、生の豆のまま海を渡って、飲む国の焙煎所で焼かれます。そして、焼いてしまうと、おいしさはそう長くはもちません。
だから、コーヒーの味わいは、焙煎所によるところが大きい。ワインで言えば、ぶどうを育てる人と、ワインを造る人が、海をはさんで別々にいるようなものです。コーヒーで品種があまり表に出てこなかったのは、そのせいもあるのかもしれません。
袋の名前を、読んでみる
ここまで分かると、袋の名前が、少し読めるようになります。僕の手元にあった豆を、3つ読んでみます。
1つ目は「ブラジル サン・アントニオ プレミアムショコラ」。デミタスの回で、自分の料理の最後に出した豆です。同じ名前の豆を扱っている店の説明を見ると、サン・アントニオは、ブラジルのミナス・ジェライス州にある町のまわりの地域の名前で、豆はそこの生産者組合のもの。プレミアムショコラは、品種ではなく、商品の名前でした。品種は、ムンド・ノーボやカトゥアイなど、いくつかが混ざっています。
2つ目は「グアテマラ アンティグア SHB」。アンティグアは、火山に囲まれた地域の名前です。SHBは「ストリクトリー・ハード・ビーン」の略で、標高およそ1,350メートル以上の畑で育った豆につく格付け。高いところの豆は、ゆっくり育って硬く締まるので、この名前がついています。昔、「豆の硬さの話」と聞いた記憶がありましたが、半分は正解でした。
3つ目は「ルワンダ スカイヒル コプロカCWS」。スカイヒルは商品の名前で、コプロカは、豆を仕上げたウォッシング・ステーション(CWS)の名前です。近くの農家が摘んだ実を集めて、水で洗って仕上げる場所のこと。品種は、ブルボンでした。

読んでみて、一つ気づいたことがあります。
僕はずっと、ブレンドではなく、一つの産地の豆を選んできました。一つの豆がどんな味なのかを、勉強するつもりで。でも、一つの産地の豆でも、品種は混ざっていることがあるんです。
産地の名前は、ワインで言えば畑の名前。品種の名前は、ぶどうの名前。袋には、その両方が書いてあることもあれば、片方しか書いていないこともあります。
ちなみに、日本の「キリマンジャロ」は、山のふもとの豆に限らず、タンザニアで育ったアラビカのこと(一部の地区をのぞく)。「ブルーマウンテン」は、ジャマイカのブルーマウンテン地区で育った豆のことです。どちらも、品種ではなく産地の名前。ワインのボルドーやブルゴーニュと同じですね。
ゲイシャという名前
2、3年前、Strings Coffee Roastersで、ゲイシャを買ったことがあります。100グラムで、1,200円だったか、1,400円だったか。味はもう細かく覚えていませんが、香りがよかったことだけは覚えています。

ゲイシャの名前が世界に知られたのは、2004年のことです。パナマの品評会で、1ポンド(約450グラム)21ドルという、当時の最高値がつきました。
そして2025年8月。同じ農園のゲイシャが、1キロあたり30,204ドルで落札されます。20年ほどで、キロあたりの値段は、およそ650倍になりました。

もちろん、これはオークションの特別な値段です。でも、品種と畑の名前が、そのまま値段になる。コーヒーが、ワインの世界にいちばん近づいたところかもしれません。
品種の、これから
最後に、明るい話を書いておきます。
アラビカは、遺伝の幅が狭いぶん、病気や暑さに弱いところがあります。2012年から13年にかけて、中米では「さび病」という葉の病気が大流行し、栽培面積の半分以上が被害を受けました。
いま、世界中で新しい品種づくりが進んでいます。遠い親どうしを掛け合わせた「F1」と呼ばれる品種は、試験で平均28パーセント多く実をつけました。
そして2018年、西アフリカのシエラレオネで、60年以上見つかっていなかった野生のコーヒー「ステノフィラ」が再発見されます。アラビカより6度ほど暑い土地で育つのに、試飲した審査員の81パーセントが「アラビカだ」と答えたそうです。
エチオピアの森や、イエメンの畑には、まだ使われていないコーヒーの木が、たくさん眠っています。品種の名前は、これからも増えていきます。


これからは、名前を見る
調べてみて思ったのは、これから豆を買うときは、ちゃんと名前を見よう、ということです。
国の名前だけでなく、地域の名前、農園の名前、品種の名前。それぞれが何を意味しているのかが分かると、一杯の向こうに見える景色が、少し広がります。品種の名前を覚えておけば、袋の名前の中に品種が入っているかどうかも、分かるようになる。
同じ品種を、産地違いで飲み比べてもみたいです。店にいつも同じ品種が並んでいるとは限らないので、できるかどうかは分かりません。今度、Strings Coffee Roastersの飯嶋さんに、そんな話をしてみようと思います。
ワイナリーで、年ごとに違うシャルドネを飲み比べたときのように。

今日の一曲
キャノンボール・アダレイで、「Autumn Leaves」。1958年のアルバム『サムシン・エルス』に入っている一曲です。トランペットは、マイルス・デイヴィス。
もとは、フランスの歌です。シャンソンの「枯葉」が海を渡って、ジャズの定番になりました。数えきれないほどのミュージシャンが演奏してきた曲ですが、同じ曲でも、演奏する人が変わると、まったく違う曲に聴こえます。
1998年ごろのシャルドネは、枯れ葉のような香りがしました。同じぶどうでも、同じ曲でも、育つ場所や、演奏する人や、過ごした年月で、姿を変えていく。今回の話に、ぴったりの一曲だと思います。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。











