ガレージの焙煎所で、マデリン・ペルーが流れていた|出雲・ストリングス コーヒー ロースターズと、飯島さん
コーヒーの話の、第8回です。
先日、出雲の古民家で、お月見の会の料理をつくりました。コースの最後は、デミタス。その豆を買ったのが、今日の店です。
ストリングス コーヒー ロースターズ(STRINGS COFFEE ROASTERS)。出雲の住宅地にある、小さな焙煎所です。ロゴも、かっこいい。

僕はここに、十年通っています。いまのところ、ここがいちばん。自分に合っている、と思える店です。
今日は、その店と、店主の飯島さんの話です。
― この記事について ―
途中の「寄り道」は、たたんであります。気になったところだけ、開いてみてください。

妻が、教えてくれた店
島根に来たのは、2016年の1月でした。
その年の、夏の手前だったと思います。出会って間もなかった妻が、出雲のおすすめの店を、一緒に回って教えてくれました。そのなかの一軒が、ストリングスでした。
一畑電車の川跡駅から、歩いて2分。住宅地のなかに、その店はあります。
ガレージの、焙煎所
ご自宅のガレージを改装した店です。
5、6人も入れば、いっぱいです。基本は、豆を焼いて、売る店です。平日だけ、店の中でコーヒーを飲むことができます。
これが、いいんです。豆を選びながら、店の人とゆっくり話せる。
飯島さんは、民芸に造詣が深い人です。試飲で出てくるカップは、ひとつひとつ、焼かれた土地が違う。島根の出西窯や湯町窯、森山窯のうつわもあります。椅子も、民芸のものです。島根は、民芸がさかんな土地でもあります。

店には、小さなアップライトピアノもあります。昔はなかったのに、いつの間にか置いてありました。ボールドウィンの、すごくコンパクトで、かわいいピアノです。譜面台には、ストリングスのロゴの札。
うちの子どもたちは、行くといつも、何かを弾いて帰ります。

最初の日、マデリン・ペルーが流れていた
はじめて入った日のことは、よく覚えています。店に流れていたのが、マデリン・ペルーでした。
ノラ・ジョーンズのような、ジャズの、女性の声。流れてくる音楽が、どれも、僕の好みのど真ん中でした。
マデリン・ペルーの『Half the Perfect World』というアルバムに、トランペットが入っている曲があります。店で流れていたそのアドリブが、どう聴いても、ティル・ブレナーにしか思えなかった。調べたら、本当にそうでした。そういう、小さな答え合わせをした店でもあります。
スピーカーの話もあります。店のスピーカーは、小さいのに、いい音がする。聞いてみたら、「自分で作った」と。音楽之友社のムックの付録になっている、スピーカーのキットでした。僕も、同じシリーズのキットを買って、作りました。

小さいのに、ほんとうに音がいい。いいものを、教えてもらいました。飯島さん、ありがとうございます。
寄り道スピーカーのキット、いまから作るなら?タップで開きます
飯島さんが作ったのは、前の版。僕が作ったのは、そこから少し進化した2020年版です。どちらも、もう売っていません。

シリーズは、そのあとも少しずつ進化していて、同じマークオーディオの6センチのユニットと、それに合う箱のキットは、2022年版がいまも買えます。
本は、二冊で一組です。一冊目は、ユニット(スピーカーそのもの)が付録の本。二冊目は、そのユニットに合わせて設計された、箱のキットが付録の本。どちらも二台分が入っているので、二冊そろえると、ステレオの一組になります。
二冊あわせて、定価で1万6,775円(税込み・2026年9月)。左右ひと組のスピーカーとしては、めちゃくちゃ安い。この値段でスピーカーを買うなら、僕は、これを買って作るほうをすすめます。安くて、音がよくて、小さい。三拍子そろっています。
いまは、Macにつないだオーディオインターフェイスから、この一組を鳴らしています。CDとMDとレコードは、前に書いたONKYOのほう。使い分けています。
機関車みたいな、ギーセン
奥に、焙煎機があります。ギーセン。オランダの焙煎機です。
艶消しの、真っ黒な鉄のかたまり。はじめて見たとき、めちゃくちゃかっこいい、と思いました。
機関車やん。
僕はずっと、ドイツの機械だと思い込んでいました。この記事を書くのに調べたら、オランダでした。ただ、2006年までは、ドイツの焙煎機メーカー、プロバットの組み立てや整備を請け負う工場だったそうです。ドイツと思い込んでいたのも、まるっきり外れではなかったのかもしれません。

ちゃんと、焼き切っている
豆の話をします。
はじめて飲んだとき、素直に、おいしいと思いました。ここの豆は、ちゃんと焼き切っている。そう感じた。
焼き切っている、というのは、深煎りという意味ではありません。浅煎りか深煎りか、ではなくて、豆の中心まで火が通っているかどうか。その話です。
富山で手網焙煎を教わったとき、火から離して、時間をかけて中まで火を入れた豆は、浅く焼いてもおいしかった。浅煎りのおいしさを知ったのは、そのときです。第7回に書きました。
ストリングスに通いはじめたころ、浅煎りが流行りはじめていました。そのころ飲んだ浅煎りには、こんなふうに焼いたのかな、と感じる豆も少なくなかった。強めの火で、短い時間で焼く。中まで火が入りきる前に、止める。そのうち、そういう豆と一緒に、ある淹れ方をよく見かけるようになりました。ペーパーを濡らして、最初からお湯をたっぷり入れて、いいところだけをさっと引き出す。そういう淹れ方があるのは知っていますし、否定するつもりもありません。ただ、僕はあまり好きではなかった。
ストリングスの豆は、中心まで、ちゃんと火が入っていた。浅煎りでも、深煎りでも、それは変わらない。浅煎りが流行っていたころに、それがうれしかった。
よく買うのは、グアテマラと、ブラジル。最初は、飯島さんのおすすめか、深煎りを買っていました。だんだん、中煎りも買うようになりました。いまも、深煎りが中心です。
ブラジルは、僕の定番です。袋に手書きで、「サンアントニオ プレミアムショコラ」。安心する味です。


ゲイシャの、値段
飯島さんの人柄がわかる話を、ひとつ。
ゲイシャという、高い豆があります。あるとき、そのゲイシャが、ふだんより安く並んでいました。
「生豆を、特別に安く仕入れられたから、安く売ってる」
飯島さんは、そう言いました。
言わんかったら、普通に高く売れるのに。正直な人だなぁ。
飯島さんらしいな、と思いました。
元バンドマンの、飯島さん
飯島さんは、僕より少し年上です。知り合ってからずっと、ロン毛に帽子でした。それも素敵だったのですが、少し前に、バッサリ切った。すっきりして、印象が変わりました。もともと、男前の人です。
すごく、いい人です。僕は大好きです。うちの子どもたちは、「イイジマン」と呼んでいます。
もとは、プロのミュージシャンでした。作詞も作曲もして、ギターを弾いて歌う人です。
東京で、事務所に入っていたころの話を、聞いたことがあります。バンドのリーダーでした。事務所から最初に、まとまったお金をもらった。それで買ったのが、フェンダーのテレキャスター。
活動のお金は毎月入っていた。それでも足りなくて、バイトもしていた。
契約を解くとき、そのテレキャスターは、事務所に返した。お金がなかったから、仕方がなかった。それでも、手放したことを、いまも後悔していると言います。「非常にいいギターだった」と。
やがてバンドの活動をやめて、福岡へ移った。そのあと、出雲へ戻ってきた。
いまも地元で、「トスカペレカ」というバンドをやっています。検索しても何も出てこない言葉だから、この名前にした。そう聞きました。
2023年の秋、出雲大社のそばの芝生に組まれたステージで、トスカペレカのライブを観ました。ステージで歌う飯島さんを観たのは、そのときがはじめてでした。
この日の写真は、僕と次男で撮りました。次男は、まだ2歳でした。重たいはずの大きなカメラに大きなレンズをつけて、ファインダーをのぞいて、一生懸命でした。そうまでして、イイジマンのかっこいいところを、撮っておきたかったんだと思います。動画は、長男が全部撮ってくれました。


トスカペレカの曲は、Apple MusicやYouTubeで聴けます。
Apple Music
YouTube
飯島さんが歌う、岡林信康さんの「君に捧げるラブ・ソング」が、YouTubeにあります。この雰囲気が、すごく好きです。飯島さんに聞いたら、博多時代の後輩がアップしたものだそうです。知り合いの結婚式の二次会で歌ったもので、本人いわく、もうベロベロだった、と。ベロベロにしては、めちゃくちゃうまい。それが、正直な感想です。
僕も一度、「ストリングスさんへ」と、この曲を歌わせてもらったことがあります。
店に行くと、音楽の話で盛り上がります。音楽がどんぴしゃなのは、たぶん、そういう人の店だからです。
はじまりは、飯島コーヒー
ストリングスのはじまりは、2007年の「飯島コーヒー」です。
2014年、ガレージを改装して、焙煎所とお店をひらきました。そのときに、いまの名前になった。STRINGS には、弦楽器のように毎日を彩り、糸のように人と人をつなぐ、という思いが込められているそうです。元バンドマンの飯島さんらしい名前です。
昔の豆の袋を、覚えています。袋の真ん中に、ストリングス コーヒー ロースターズのハンコ。余ったところを裏にくるっと巻いて、シールで留めてあります。僕が通いはじめたころ、そのシールは、まだ飯島コーヒーのころの、ローマ字のシールでした。いまは、ストリングスのシールに変わっています。
ハンコにある「IIJIMA CF.CO. 2007」は、はじまりの名前と年です。名前が変わっても、はじまりは、ちゃんとロゴに残っている。
SRで、行く店
僕は、ヤマハのSR400に乗っています。ストリングスにも、SRで行くことがある。

飯島さんは、昔、SR400のエンジンを650ccくらいまでボアアップして乗っていた人です。僕がSRで行くたびに、「SR、いいなぁ」と言っていた。
その飯島さんが、何年か前、ついに、新型のSR400を買いました。僕のはキャブレター。飯島さんのは、最新のインジェクション。まだ、一緒に走ったことはありません。新旧のSRで、いつかツーリングに行きたいと、勝手に思っています。
朝6時の、焙煎
お月見の会の日の朝、豆を買いに行きました。
飯島さんのおすすめは、グアテマラ アンティグア。練習の分も入れて、300グラム。
聞くと、焙煎はその日の朝。ストリングスの豆は、ほとんどが、その日の朝に焼いたものだそうです。焼き加減だけじゃない。鮮度も、これ以上ない。開店は11時。でも焙煎は、朝6時からやっている。
朝の6時から。

その日、デミタスはネルで淹れるつもりでした。ネルは、あるおじさんからいただいたもの。そう話したら、飯島さんも、同じおじさんのネルを何本も持っていました。「今日、やっと出番が来ました」と言ったら、喜んでくれました。
そのおじさんの話は、別の記事に書きました。
お月見の夜は雨で、月は見えませんでした。それでも、最後のデミタスは、みなさん「おいしい」と飲んでくれました。
お店のこと
- ストリングス コーヒー ロースターズ(STRINGS COFFEE ROASTERS)
- 島根県出雲市武志町764-1。一畑電車 川跡駅から歩いて2分
- 営業日や時間は、お店に確かめてください。電話番号は、公式サイトにあります
ストリングスを取材した記事も、いくつかあります。さすがプロの仕事で、店の空気がよく伝わってきます。
この記事で紹介したもの
この記事に出てきたものを、まとめておきます。
押すと、その説明のところへ飛びます。買うところではなく、まず説明を読んでもらえたらうれしいです。
自作スピーカーのキット
特選スピーカーユニット 2022年版 マークオーディオ編ユニットの本。付録は6cmフルレンジ OM-MF4-MICA
スピーカー工作 2022箱の本。付録はOM-MF4-MICAに合うエンクロージャー・キット音楽
マデリン・ペルー『Half the Perfect World』最初の日に流れていたアルバム。「スマイル」も入っています今日の一曲
はじめてストリングスに入った日に流れていた、マデリン・ペルー。そのなかから、「スマイル」を。
もとは、チャップリンの曲です。映画『モダン・タイムス』のために書いたメロディに、あとから言葉がつきました。マデリン・ペルーは、2006年のアルバム『Half the Perfect World』で歌っています。
さっき書いた、ティル・ブレナーのトランペット。このアルバムで彼が吹いているのは2曲で、そのうちの1曲が、この「スマイル」でした。
マデリン・ペルーの曲は、どうしてあんなに心地いいんだろう、とずっと思っています。歌が始まる前、音が鳴った瞬間から、もう気持ちがいい。歌声はもちろんですが、ギターも、すごく心地いい。ミックスなのか、何なのか、何かひみつがあるんじゃないか。
寄り道あの心地よさは、誰の仕事?タップで開きます
この記事を書くのに、少し調べました。このアルバムを作ったのは、ラリー・クラインというプロデューサーです。ギターはディーン・パークス。ミックスは、ヘリク・ハダーという人でした。三人とも、たくさんのレコードを陰で支えてきた人です。ひみつが何なのかは、まだわかりません。でも、あの心地よさには、この人たちの仕事も入っているんだと思います。
この曲には、思い入れがあります。
相羽崇巨さんが、コロナでライブができなかったあいだ、YouTubeで続けていた配信が「If you just smile」でした。その名前は、この曲から来ています。僕も一度、出させてもらいました。
七尾旅人さんは、その配信の名前の候補のひとつから、「if you just smile(もし君が微笑んだら)」という曲を作りました。あとから、チャップリンの「Smile」の詞を引いていることに気づいた、とnoteに書いています。
相羽さんにも、「If you just smile」という曲があります。この曲は、僕が編曲させてもらいました。相羽さんの2枚目のアルバム『朱夏の約束』(2022年)に入っています。
その曲を僕が歌ったものが、自分のチャンネルにあります。恥ずかしいですが、貼っておきます。
「スマイル」の歌の終わりの、この二行が好きです。
You'll find that life is still worthwhile
If you just smileマデリン・ペルー「Smile」(作曲 チャールズ・チャップリン/作詞 ジョン・ターナー、ジェフリー・パーソンズ)より
捨てたもんじゃないぜ、この世も。笑ってりゃいいのさ、ベイビー。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。






















