浅煎りが苦手だった僕が、自分で焼いた一杯で変わった話|富山で習った手網焙煎
コーヒーの話の、第7回です。
僕は、浅煎りが苦手でした。エスプレッソが好きで、深煎りが好きで、苦いのがコーヒーだと思っていた。酸っぱいコーヒーは、あまり飲んでこなかった。
それが変わった日の話です。変えたのは、誰かの淹れた一杯ではなくて、自分で焼いた一杯でした。

ガレージじゃなくて、プレハブで
時間は少しさかのぼって、富山にいたころ。2007年くらいだったと思います。
通っていた小さな焙煎店がありました。ビーンズという店です。最初は駅前にあって、そのあと富山市の婦中町に移った。移った先は、その場でコーヒーが飲める、小さな喫茶店のような店でした。
オーナーは女性で、店の中で焙煎をしていました。小型のガスコンロの上に、ドラムが電気でぐるぐる回る焙煎機を置いて、火加減は手で見る。そういう、アナログな焙煎です。ただ、焙煎は途中で煙がぶわっと出る。まわりは新しい家の多い住宅街で、煙のことで近所ともめて、店の中では焼きにくくなった、と言っていました。

それでビーンズには、もう一店舗ありました。スーパーの入り口の横っちょに建った、プレハブのような狭い店。料理は出さず、豆の販売が主で、焙煎はこちらでやる。担当していたのが、僕より少し年下の、清田君でした。
どうして教わることになったのかは、正直、よく覚えていません。たぶん、僕がオーナーに焙煎のことをいっぱい聞いたからだと思います。「ちょっと焙煎も勉強してみたい」と言ったのか、質問しているうちにそうなったのか。とにかくある日、こう言われました。
「銀杏煎りを買ってきたら、焙煎教えてあげますよ」
買いました。近所のホームセンターで、普通に売っていました。網の柄のついた、あの銀杏煎りです。たしか千七百円くらいだったと思っていたんですが、この記事を書くのに調べたら、いまは三千円弱でした。値上がりしたのか、僕の記憶違いか。
まず、水を抜く
最初に教わりながら焼いたのは、プレハブの店で、清田先生と。たぶん深煎り、フレンチローストみたいなのをやったと思います。
一番最初に言われたことを、いまも覚えています。まず、火からだいぶ、二十センチくらい離して、豆の水分を抜く。それがすごく大事だ、と。
生豆は緑色で、青臭い匂いがします。それを、火から離したまま、ひたすら振る。十五分から二十分。派手なことは、何も起きません。音もしない。あとで僕はこの工程を「蒸らし」と呼ぶようになりました。
やることは同じなので、暇だと思いがちです。でも、豆の状態は、逐一変わっています。うっすらと、茶色く色づいてくる。香りは特にそうで、青臭さが、少しずつ抜けていく。
そこから、振りながら、徐々に徐々に火に近づけていく。色が変わって、匂いが変わって、そして、パチ、パチ、と音がする。1ハゼです。
こんなに音がするんだ、と思いました。それまでハゼというものを、聞いたことがなかったので。
1ハゼは、しばらくすると収まります。収まったら、いったん網を火から二十センチくらいのところまで戻す。そこから、また徐々に近づけていく。すると今度は、もっと細かく、パチパチと鳴りはじめる。2ハゼです。焦げた匂いもしてくる。ここからは、結構、火に近づけます。
あとは、どこまで焼くかです。2ハゼが収まった頃で止めれば、一般的な焙煎度の表でいうフルシティロースト。さらに焼き続けて、油が浮いてくるまでいけば、フレンチからイタリアン。エスプレッソに使うような深煎りです。呼び名は僕の記憶があいまいなので、一般的な表に合わせて書いています。
清田先生に教わったことで、もうひとつ残っているのが、これです。欲張ったら、焦げる。足りなければ、深煎りにならないだけ。だから最初から、狙いを決めてやる。

家でやると、難しかった
教わっているときは、そんなに難しいと思いませんでした。家に帰って、一人でやってみると、違いました。
1ハゼが、ちゃんと終わったのか終わっていないのか、分からない。2ハゼも同じ。ハゼが、ちゃんと起こらないときもある。
それと、ムラです。ちゃんと振っていれば均等に火が通るんですが、混ぜるのをサボると、すぐムラができる。豆は真ん丸ではないので、平たい面がずっと下を向いていたら、そこだけ焼ける。手網だから、混ぜるのは全部自分の手です。三十分振り続けると、腕がパンパンになります。右手から左手に持ち替えて、交代しながら振る。
その日の体の具合や、気分まで、豆に出ると思います。それが面白いといえば、面白い。
そして、家でやって初めて分かったことが、二つ。最後に、煙が結構出ること。それと、チャフ。豆の皮のようなものが、思っている以上に散らばる。コンロをもう一回掃除しないといけないくらい。

それでも、楽しかった。自分の夢でもあったので。
クライマックスと、扇風機
僕は深煎りが好きなので、いつも2ハゼまで進めます。
1ハゼが来ると、ちょっとテンションが上がる。2ハゼはもう結構派手なので、さらに上がる。最後に、煙がボワーッと出てくる。音楽や映画でいったら、そこがクライマックスです。
ここや、というところで止めて、すぐザルにあける。そこに、小型の扇風機をかぶせて、ザルを振りながら冷ます。火入れを止めるためです。うちのザルと扇風機は、大きさがぴったりでした。

これを、二十回か三十回は、やったと思います。1ハゼ、2ハゼの感覚は、あのとき体で覚えました。
三種類を、一日で焼いた日
教わりながら、一日で三種類を焼いた日があります。豆は全部違うものでした。中煎り、深煎り、それと、浅煎り。浅煎りの豆は、ピーベリーという豆だったと思います。
意外だったのは、浅煎りが一番時間がかかることでした。
深煎りと中煎りは、三十分くらいで終わります。浅煎りは、四十分はかかった。後半の火入れが少ないぶん、最初の「水を抜く」工程を長く、しっかりやる必要がある。そこを怠ると、青臭さが残る。浅煎りでは、そこが一番大事だと教わりました。
この工程は、正直、面白くありません。ずっと振っていても、変化はゆっくりで、地味です。飽きる。でも大事なのは分かっているので、そこはもうひたすら頑張る。
浅煎りは、1ハゼが起こって、収まったあと、また二十センチくらい上でしばらく振って、止めました。振った時間は、そんなに長くなかったと思います。一般的な表では、1ハゼの途中から終わった直後で止めるのが浅煎りなので、僕のは、浅煎りと中煎りの境目あたり。ミディアムからハイローストのあたりだと思います。風で急冷して、その場で飲みました。

これも、コーヒーなんだ
普段、濃いコーヒーを飲んでいたので、最初の印象は、ちょっと薄い、でした。
でも、その代わりに、いままであまり感じたことのなかった、フルーティーな感じがあった。色で言うなら、赤。薄い赤紫のような。変な酸味があるわけでもなく、青臭さもなく、フルーティー。苦味ももちろんあるけれど、深煎りと比べたら、全然違う。
浅煎りのコーヒーって、こういう味わい、香り、楽しみがあるんだ。そこで初めて知りました。
深煎りは、逆に言えば、あえて焦がしているところがある。浅煎りは、焼き上がりの豆の大きさも色も違うし、油も浮いてこない。そして、香りがとってもフルーティー。コーヒーって、本来はこんなにフルーティーなんだ、と思いました。
浅煎りは、深煎りみたいに焦がす度合いが低いぶん、豆の素材というか、豆本来の香りを感じやすいのかな。そう思いました。

いまも、買うのは深煎りが圧倒的に多いです。でも、浅煎りのコーヒーのおかげで、また新しいコーヒーの世界を知った。コーヒーの世界は、本当に深い。それからは、浅煎りをたまに買うようになったし、自分で焼くときも、浅煎りを試すようになりました。豆によって、浅煎りが合うもの、深煎りが合うものが、たぶんあると思います。
焼きたてを、飲みたくなる
焙煎した豆は、何日か置いてから飲むのがいちばんいい、と言われます。
焙煎すると、豆の中に炭酸ガスがたまります。それが少しずつ抜けていくのを待つ、ということです。抜けきる前に淹れると、お湯をかけたときに勢いよく膨らんで、お湯と粉がなじまない。僕の感覚では、落ち着くまで二、三日です。
でも、自分で焼くと、焼きたてを飲みたくなる。せっかくやったし。早く飲みたいやん。二、三日待ってと言われても、いま飲みたい。
それで淹れると、豆が暴れます。噴火みたいに、下から膨らみすぎて、割れるみたいになる。お湯を入れて「おおおおおー」となる。この体験は、焙煎した人にしかできないと思います。

ここで、以前の記事の話とつながります。中川ワニさんの、真ん中に注ぎ続けて育てる淹れ方。雑誌の写真のようにうまく膨らまない、と悩んでいた時期がありました。第1回に書いた「コーヒー工場アラジン」で買った豆が膨らんで、これこれこれ、となった。でも、その豆でワニさんの淹れ方を試しても、同じにはならなかった。ワニさんのコーヒー教室でワニさんの豆を使ったら、膨らんだ。焙煎した本人が持ってきた豆です。鮮度なのかな、という疑問が、そのとき生まれました。
その後しばらくして、焙煎を習いに行った。自分で焼いてみて、分かったことがあります。焼きたては、暴れすぎて、うまく淹れられない。少し落ち着いたころだと、ワニさんの淹れ方ができる。さらに日が経つと、ワニさんの淹れ方は難しくなって、雑誌で見たハンバーグみたいに膨らませる淹れ方になる。
鮮度がいいほど膨らむ、というのは、やっぱりそうでした。ただ、新しすぎたら、膨らみすぎる。同じ淹れ方でも、豆が何日目かで、答えが変わる。
いまも、同じ銀杏煎りで
いまも、たまに焼きます。時間と心に余裕があるときだけですが。使うのは、あのとき買った同じ銀杏煎りです。一回に焼けるのは二百グラムまで。百グラムなら楽なんですが、しばらく飲みたいので、いつも二百グラム頑張ります。それで、だいたい一週間でなくなります。

本当は焙煎機も欲しい。いまなら、スマホと連携して細かく設定できる小型のものもある。でも、手網には手網の魅力があります。一番の利点は、なにより安いこと。数千円の道具で、焙煎が始められる。そのうえ、特別感があって、愛着が湧いて、焙煎度を自分の好きにできて、勉強になって、コーヒーの世界がまた深まる。続けている一番の理由は、楽しいからです。
焙煎を習ってから、変わったことがあります。店の焙煎の仕方を、気にするようになりました。どんな機械で焼いているか、焼いた豆がどんな顔をしているか、焙煎しているところを見るようになった。自分でやったからこそ、分かることがある。
ずっと疑問だった、陶器の焙煎器
焙煎の話で、ひとつ、ずっと気になっていたことがあります。
陶器の焙煎器です。急須のような形で、取っ手がついていて、直火の上で振る。「いる・いる」という名前の道具で、あれで焼いて、すぐにコーヒーを出している人がいました。火のすぐ近くで振り続けて、あっという間に焙煎が終わる。僕の手網は、三十分かかるのに。聞くと、遠赤外線で中までちゃんと焼けるのだ、と。本当かな、と思っていました。

赤茶色の陶器で、上に豆を入れる丸い穴がひとつ。籐を巻いた取っ手。僕のように、名前より見た目で覚えている人もいると思います。僕が見たものは、いま探すと販売が終わっているようですが、同じような陶器の焙煎器は、ほかにもいくつかあります。
本当かどうか、この記事を書くのに調べてみました。
分かったのは、遠赤外線そのものは、豆の中心までは届かない、ということ。届くのは表面の薄い層で、深くても一ミリほど。豆の半径は、三、四ミリあります。中まで焼けるのは、表面で受けた熱が、内側へ伝わっていくから。これは、手網でも同じです。
ただ、陶器が熱を渡しやすいのは、本当でした。熱いものは何でも赤外線を出しますが、その量は素材で違う。釉薬のかかった陶器は、磨いたアルミの十倍以上、放射で熱を渡せる。表面だけを焦がさず、穏やかに温める。道具としての良さは、宣伝だけではなかった。

「三分で焼ける」は、色づき始めるまでの目安と読むのがよさそうです。実際に使っている人の記録を見ると、十分くらいは振っている。手網の半分です。中まで伝わるのを待つ時間は、素材が何であれ、要る。
疑問は、そこでひとつ解けました。道具は良い。速さの説明は、少し宣伝寄り。それが、いまの僕の答えです。
家でやるなら
おすすめします。
僕はずっと、豆の焙煎は何百万円もする機械がないとできないと思っていました。焙煎所に行くと、大きな焙煎機が置いてあるので。ビーンズで、二十センチか二十五センチくらいの小型のロースターでも焼けると知って、さらに、銀杏煎りと生豆さえあれば焼けると知った。数千円の道具です。コーヒーが好きな人には、これは面白い話だと思います。
うちのは、燕三条のカンダという会社の、木柄の丸い銀杏煎りです。二十年近く、これ一本。
気をつけることは、三つだけ。煙。換気。チャフ。チャフは思っている以上に出るので、やったあとの掃除は必須です。
そして最初の一回は、狙いを決めてから。僕の最初はフレンチローストでした。2ハゼまで進めるので変化が派手で、いま何が起きているかが分かりやすい。そこから、少しずつ手前で止めていけば、自分の好きなところが見つかります。

清田君は、いまは独立して、立山で「フラットコーヒー」という焙煎所をやっています。教わったのは、もう二十年近く前のこと。あのときのメモが、どこかにあるはずです。見つけたら、もう一回よく見たい。
今日の一曲
銀杏煎り、銀杏煎り、と書いているうちに、頭の中に銀杏BOYZが出てきました。
焼きたての豆にお湯を落としたときの、あの噴火。下から膨らんで、割れて、「おおおおおー」となる、あの勢い。あれが、初期の銀杏BOYZの勢いに、どうしても重なるのです。
銀杏BOYZで、「夢で逢えたら」。二〇〇五年のアルバム『DOOR』に入っている曲です。大好きな曲です。
めちゃくちゃ、甘酸っぱい曲です。僕が好きなのは、歌詞のこの部分。
夏の終わりが君をさらってゆく
君の香りだけを残して
焼きたての一杯にも、香りだけが残る。そんな気がします。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。












