透明な油は、なぜ透明なのか|出雲の影山製油所で、油の見方が変わった話
こんにちは、ひろしです。
今日は、出雲の小さな製油所の話をします。
オリーブオイルの記事で、「その話は長くなるので、また別の記事に書きます」と書きました。
その約束の記事です。
答えだけ知りたい人のために、先に置いておきます。
― 先に、結論だけ ―
透明な油は、色とにおいを取ってあるから、透明。
影山製油所の菜種油は、煎って、搾って、お湯で洗うだけ。だから、茶色くて、香る。
どちらが上ではなく、役割がちがう。
それを知ってから、僕は、油を作り方で選ぶようになりました。

途中の「寄り道」は、たたんであります。気になったところだけ、開いてみてください。
妻のひと言で、訪ねた
教えてくれたのは、妻でした。
出雲に、こだわった油を作っているところがあるらしい。
聞いたのは、それくらいです。
ワイナリーで働きはじめて、1年ほどたったころです。
休みの日に、訪ねてみました。
出雲市芦渡町(あしわたちょう)の、有限会社影山製油所。
70年あまり、菜種油を搾ってきた製油所です。
2019年に製油所が書いた文章には、少し前まで、出雲大社に灯明(とうみょう)用の菜種油を納めていた、とありました。
神さまの前にともす、明かりの油です。
始まりは、豆腐屋さんだったと聞きました。
油揚げや厚揚げを揚げる油くらいは、自分たちで作ろう。
そこから、だんだん、油のほうが本業になっていったそうです。

社長は、元気なおばちゃんのような人でした。
そして、ものすごく、こだわりの人でした。
何度も通ううちに、だんだん仲良くなって、
「とりあえず、お茶飲んでいけ」。
油を買いに行くと、お茶を飲みながら話すのが、いつもの流れになりました。
気がつけば、何十回も通っていました。
影山さんは、僕が働いていたワイナリーを作った、佐藤忠吉さんともつながりがありました。
ワイナリーのある「食の杜」ができたころには、毎週、こだわりの作り手が集まって売る会があったそうです。
社長が「部長」と呼んでいた、狩野さんという人がいます。農業に、とても詳しい人です。
はじめのころは、事務の仕事をしながら、僕たちの話を聞いているだけでした。
それが、通ううちに話に入ってくるようになって、いつのまにか、3人で話すようになりました。

菓子箱のふたの上の、1ミリの種
製油所に行くと、社長はいつも、菓子箱のふたのようなものの上で、菜種の種をころころ転がしていました。
ピンセットを持って。
おしゃべりをしながら、ずっと。

菜種の種は、直径1ミリほど。
ちゃんとした種は、丸っこい。
形がゆがんでいたり、へこんでいたりする種を、一粒ずつ、より分けていました。
めっちゃ見にくいのに、ずっとやっておられて。
コーヒー豆を焙煎する前やあとに、悪い豆を取り除くのと同じです。
ただ、相手は1ミリ。
すごい手間です。
どうして、そこまでするのか。
その答えは、畑にありました。
網の中の畑 ― 種から油まで、4年
菜種は、混ざりやすい作物です。
ほかの菜種や、白菜や小松菜のような同じアブラナの仲間の花粉を、虫が運んでくると、種が混ざってしまう。
僕は、それを製油所で初めて知りました。
でも、菜種は、自分の花粉でも実がなります。
だから、もとになる種は、網の家(ネットハウス)の中で育てる。
虫は通さないけれど、風は通す網です。

種は、国の研究機関(農研機構)が育てた品種、「ななしきぶ」と「キラリボシ」。
製油所は2008年に、その品種を使う許可を受けて、もとになる種を、自分たちで守り、増やしています。

1年目は、網の家で、種をとる。
2年目は、ほかの花粉が混ざらない畑で、その種を増やす。
3年目に、契約した農家さんに種を渡して、
4年目に、できた菜種をぜんぶ買い取る。
種から油になるまで、4年。
育てているのは、斐川町の農事組合法人トムTOMファームや、鳥取の契約農家さんです。
「原材料名に『国産菜種』と書けるのは、日本でも、うちだけ」。
影山さんは、そう言っていました。
種から自分たちで守っているから、言える言葉です。
社長がより分けていたのも、きっと、何年か先の油になる種だったのだと思います。
寄り道|菜種は、どのくらい混ざりやすいの?
菜種は、自分の花粉で実がなります。それでも、同じ畑の中では、平均で2〜4割の種が、ほかの株の花粉でできます。
花粉は重くて、ねばりがあるので、風では遠くまで飛びにくい。混ざる割合は、花粉のもとから0.25mで約4%、10mで約0.15%、60mで約0.01%と、離れるほど急に減ります。
遠くまで運ぶのは、虫です。だから、網で虫を防ぐ。
(数字は、環境省の資料にある試験から)
茶色く、香る油
影山製油所の菜種油は、松の薪で焚いた平釜で菜種を煎って、圧搾機で搾ります。
お湯で洗って、和紙でこす。
それだけです。

油をお湯で洗う、というのは、こういうことです。
搾ったままの油には、ガム質(リン脂質)などの、油に溶けたにごりのもとが入っています。
そこにお湯を混ぜると、にごりのもとが水を吸って重くなり、沈む。
油と水は混ざらないので、沈んだものを除いて、上の油だけをとります。
昔ながらの「湯洗い」という工程で、薬品の代わりにお湯を使う、ということです。


スーパーで見る菜種油やサラダ油は、透明です。
影山さんの油は、茶色い。
濁っているのではなく、透きとおった茶色です。
そして、香りが、すごくある。
生しぼりの「キラリボシ」もあります。
こちらは煎らずに搾るので、色はうすく、透きとおっています。
品種も、焙煎の菜種油(ななしきぶ)とはちがいます。
ごま油も、有名です。
こちらも平釜で煎って、搾る。
ほかのごま油とは比べものにならないぐらい、香りが強い。
僕の家の台所にも、ずっとあります。
煎らずに搾った「生胡麻油」もあります。いわゆる太白ごま油で、色がうすく、香りはひかえめ。
いま、僕がいちばん重宝している油です。
ごまは、アフリカから来ると聞きました。
日本で使われるごまは、99%以上が輸入です。
値段は、正直、安くはありません。
出雲の菜種油は、920gで5,184円。生胡麻油は、460gで4,298円(製油所のオンラインショップ・2026年10月7日・税込・送料別)。
でも、ここまでの手間を知ると、ある意味、当たり前だと思います。
100mlあたりにすると、出雲の菜種油は約520〜550円、生胡麻油は約680〜860円(瓶の大きさで変わります。920gの瓶が、だいたい1リットル)。
オリーブオイルの記事の値段の図でいうと、菜種油はアルチェネロやライネリのあたり。生胡麻油は、ライネリとパンタレオのあいだです。

透明な油は、なぜ透明か
ある日、社長に聞かれました。
「精製の油って、どうやって作ってるか知ってるか」
知りません、と答えました。
教えてもらったのは、こういうことでした。

スーパーに並ぶ多くの食用油は、溶剤(ヘキサン)を使って、種から油を取り出します。
搾るよりも、ずっと効率よく、油がとれる。
溶剤は、できあがる前に取り除くことが、法律で決まっています。
そのあと、色のもとを取って(脱色)、においのもとを飛ばす(脱臭)。
だから、透明で、においがない。
飛ばしているのは、溶剤のにおいではありません。溶剤は沸点が低く(約70℃)、熱で蒸発させて、回収します。
脱臭で取るのは、油そのもののにおいのもと。搾っただけの油にも入っている成分です。
なんで、わざわざ油の色を抜かなあかんのかな。
僕はそのとき、「漂白」という言葉で覚えました。
あとで調べると、色を取るのと、においを取るのは、別の工程でした。
社長は、僕にわかりやすいように、話してくれたのだと思います。
正直に言うと、そのときの僕は、少し怖いと思いました。
もちろん、決まりを守って作られて、検査もちゃんと通っている油です。
それでも、毎日口に入れるものだから、疑問がわきました。
精製には、精製の役割があります。
油の少ない豆や米ぬかからも、むだなく油がとれて、くせがなく、たくさん、安定してつくれる。
だから、どこのスーパーにも並んでいて、手ごろな値段で買える。
どちらが上という話ではなく、役割がちがうのだと思います。
それでも僕は、この日から、油を選ぶときに、作り方を見るようになりました。
ピュアオイル(精製したオリーブオイルに、バージンオイルを混ぜたもの)を使うのも、やめておこうかな。
そう思って、オリーブオイルは、火を入れる分も、全部エキストラバージンにしました。
影山さんの油も、使いながら。
瓶に、生産者の名前
影山さんの油は、ガラスの瓶に入っています。
瓶は、入れ物としては高い。
いまの油は、ほとんどがプラスチックの入れ物です。
社長は、プラスチックだと油に溶け出すものがあるから、高くても瓶を使う、と話していました。
調べてみると、溶け出すこと自体は、ゼロではありませんでした。
だから国は、油を想定した試験で溶け出す量を測って、上限を決めています。
プラスチックは2020年から、安全を確かめた材料だけを使える仕組み(ポジティブリスト制度)にもなりました。
いっぽうで、瓶が空気を通さないのは、確かです。
油を傷める3つのもとは、熱と、空気と、光。

それから、製油所の瓶には、その菜種を育てた生産者の名前が、瓶ごとに貼ってあります。
だれの畑の菜種なのかが、わかる。
この製油所らしいな、と思います。

寄り道|空き瓶は、どこへ行くの?
子どものころ、ビールの瓶をケースで返すと、お金がもらえました。
いまは、瓶を引き取ってくれるところは、ほとんどありません。
洗って、割れや欠けを目で確かめるより、新しい瓶を買うほうが安い、と聞きました。
くり返し使う瓶(リターナブルびん)は、2004年の183万トンから、2019年には70万トンまで減っています(ガラスびん3R促進協議会)。
ワイナリーで働いていたころ、たまった大量の瓶を、職場の人と処理場へ持っていったことがあります。
瓶は投げ捨てられて、割れてもかまわない様子でした。
ペットボトルのようにリサイクルされていると思いこんでいたので、驚きました。
あとで知りました。
ガラスは、燃えません。
集められた瓶は、砕いて「カレット」というガラスの原料に戻すか、道路の下に敷く砂利の代わりなどに使われるか、埋め立てられます。
出雲市では、油の瓶は「埋立ごみ」です。中の汚れやにおいが、取れないから。
影山さんの空き瓶を引き取ってもらえるのか、今度、聞いてみます。
いまの、僕の油
いま、家でいちばん使っているのは、影山製油所の生胡麻油です。
ケータリングに持っていく油も、エキストラバージンオリーブオイルが2種類と、この生胡麻油。
マリネは、仕込みのうちに済ませていきます。
ワイナリーにいたころは、キラリボシをマリネに使っていました。
エキストラバージンでマリネすると、オリーブの香りがつくのと同じように、菜種の香りが移る。
焙煎の菜種油でも、同じことをしていました。
揚げ油にしたことも、あります。
毎年4月、斐川町(ひかわちょう)の伊波野(いわの)で、菜の花まつりがあります。
畑は、トムTOMファームが、影山製油所と組んで育てている菜種「ななしきぶ」。
この花が、あの茶色い油になります。

毎年、子どもと行きます。
毎年、きれいです。
製油所もお店を出していて、ある意味、影山製油所のお祭りです。
今年は、そこで揚げたポテトをもらいました。

本当に、美味しかった。
この記事で紹介したもの
影山製油所の油は、製油所のオンラインショップで買えます。
出雲市のふるさと納税の返礼品にも、なっています。
ふるさと納税なら、楽天からも。
まとめ ― 茶色い油にも、透明な油にも
透明な油は、色とにおいを取ってあるから、透明。
影山さんの油は、煎って、搾って、お湯で洗っただけだから、茶色くて、香る。
どちらが上ではなく、役割がちがう。
茶色い油の手前には、網の家で守られた種と、菓子箱のふたの上の、1ミリの手間がありました。
それを知ってから、油の値段の見え方が、少し変わりました。
* * *
二人のひろみさん
影山製油所の社長の名前は、影山陽美(ひろみ)さんといいます。
製油所に通わなくなって、2年ほどたったころ。
ケータリングの仕入れで、久しぶりに製油所を訪ねました。
社長の姿が、ありませんでした。
狩野さんから、亡くなられたと聞きました。
最期は、狩野さんが看取ったそうです。
いまは、狩野さんが製油所を続けています。
菜の花も、今年、また咲きました。
*
ひろみさんという名前を、僕はもうひとり、知っています。
コロナのころ、僕は、自分の店を持とうとしていました。
妻の知り合いに、あるお店をときどき手伝っていた人がいて、「お皿、いらない?」と声をかけてもらいました。
見に行ったのが、菜香(さいか)というお店でした。
冷蔵庫も、製氷機も、そのままで。
広いお店で、お皿が、たくさん並んでいました。
「いるものがあったら、持っていって」と。
お皿を見に行ったはずが、僕は、お店のほうに目を奪われていました。
ただごとではないものを、感じました。
居抜きで、道具ごと借りられるお店でした。
駅から歩いてすぐなのに、知らないと行けないような、道からは見えない場所。
当時の僕は、ちょうど、そういう隠れた場所の店舗を探していました。
その場で、ここを借りられるのか、と聞きました。
手伝っていた人から、オーナーシェフの山田博美(ひろみ)さんに連絡がいき、山田さんから、大家さんに。
そんな流れで、僕はその店舗を借りることになりました。
家賃は、安くしてもらえました。
広さは、あんなに要らなかったけれど、いつかイベントをするには、十分でした。
でも、工事の見積もりが、予定の2.5倍ほどになりました。
借りるお金が大きくなりすぎて、撤退しました。
借りていた半年あまりのあいだ、僕は自分の手で、改装の準備をしていました。
*
僕は、山田さんに会ったことがありません。
僕が店を借りたとき、山田さんはご存命でしたが、もうお店を離れておられました。
それから1〜2か月ほどたったころに、亡くなられました。
60歳の若さだったと聞いています。
ものすごく、こだわりのお店でした。
山田さんは、そこに住みこんでいました。
地面から、階段、壁、屋根まで、店じゅうが飾られていました。




山田さんは、最期までの道筋を、ご自分で決めていたそうです。
だれにも頼らなくていいように。
お店は、前の年の年末まで、予約だけで続けていたそうです。
最後の最後まで、料理をして。
そのあと、ご自分で片付けをして、お店を離れたと聞いています。
同じ料理人として、尊敬しています。
眠る場所も、ご自分で選んでいました。
海の見える木の下に、先に旅立った愛犬と一緒に。
最期は、仲良くしていたお隣の方が、看取ってくれたそうです。
家賃が安かった理由は、あとで知りました。
山田さんが、家賃を変に上げないでと、大家さんにかけあってくれていたそうです。
僕は、会ったこともないのに。
ほんとうに、感謝しています。
改装のために、あの飾りは、壊さなければなりませんでした。
でも、あれだけのものを壊すのは、もったいなくて。
写真に撮って、あの奥の部屋で、うたを一曲、録りました。
2021年2月26日。
それが、僕のYouTubeの、いちばん最初の動画です。
山田さんへの、追悼でした。
*
同じ名前の二人は、どちらも、手間を惜しまない人でした。
菓子箱のふたの上で、1ミリの種をより分ける人と、
階段の一段一段にまで、花を咲かせた人。
二人とも、もういません。
でも、菜の花は毎年咲いて、あの茶色い油になる。
山田さんの店は、写真と、一本の動画の中に残っています。
今日の一曲
今日の一曲は、相羽崇巨さんの「水を得たさかな」です。
2021年2月26日、菜香の奥の部屋で、僕が歌いました。
僕のYouTubeの、いちばん最初の動画です。
後ろに映っているのが、あの部屋の壁です。
この曲は、相羽さんが、自分の最後のときのことを歌った曲です。
相羽さんから曲が届いて、僕がギターやほかの楽器を入れ、歌も入れて、相羽さんに送り返す。それが、いつもの作り方でした。
でも、この曲は、歌詞を見て、泣けてきました。作りながら、泣いていました。
そのことを相羽さんに伝えると、相羽さんも、「なんか、僕も泣けてきた」と。
相羽さんと僕とで、泣きながら作り上げた曲です。
音源には、なっていません。
でも、僕にとっても、相羽さんにとっても、大切な一曲です。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、おやすみなさい。
















