二十時のハウステンボス|遅れて着いた夜と、まる一日のフォトログ
こんばんは、ひろしです。
2024年の11月、家族でハウステンボスに行きました。
大雨で高速道路を降ろされて、たどり着いた新幹線も運休。
15時に着くはずが、着いたのは20時でした。
その日の顛末と、そこで出会った一枚の写真の話は、前に書きました。
今日は、言葉を少なめにして、あの夜と、翌日の写真を並べます。
フォトログというやつを、はじめてやってみます。
二十時の入園
閉園は、22時。
子どもたちは、真っ暗な入り口から走っていきました。

まずは、テディベアの館へ。
外に出ると、光の道がありました。
20時41分、花火が上がりました。
ハロウィンの名残と、クリスマスの気配が、同居していました。
22時、ツリーの前の歌で、一日目が終わりました。
光のファンタジア
翌朝。大阪から、おばあちゃんが合流しました。
この日は、開園から閉園まで、まる一日。
暗い部屋の中を、子どもたちは、よく走りました。
パレードと、馬と、恐竜
夕暮れの港
日が落ちる頃、港に出ました。
最後は、ミッフィーのキッチンカーで。
噴水の夜
日が暮れてからも、まだ一日は続きます。
* * *
ここで、ひとつだけ、長い話をさせてください。
子どもたちはふたりとも、写真を撮るのが好きです。とくに、長男は。
カメラは、親戚の叔父さんのお古のコンデジ。だいぶ古いものだけど、写真も動画も撮れて、フラッシュもついている。彼のお気に入りでした。
ただ、僕にはずっと、気がかりがふたつありました。
バッテリーがだいぶ劣化していて、前触れなく突然切れること。予備のバッテリーは、もう売ってすらいないこと。
そして、SDカードが新しい規格に対応しておらず、容量がかなり少ないこと。
2日目の夜。噴水に光が当たるショーがはじまって、長男が動画を撮りはじめて、すぐ。
事件は起きました。
バッテリー切れ。
「これが、いちばん撮りたかったやつなのに」
長男は、悔し涙を流しました。
僕はすぐに自分のカメラを渡して、これで撮っていいよ、と言ったけれど、彼は歯を食いしばって、涙を流したまま。
自分のカメラで撮ることが、大事だったようです。
その気持ちは、痛いほどわかりました。僕も、バッテリーや容量のせいで写真や動画が撮れなくなるのが、何よりイヤだから。
その夜、彼とひとつの約束をしました。
とっと(子どもたちは僕をそう呼びます)が、新しいカメラを買ってあげる。
帰ってから一緒に探しに行って、見つけたのが、PENTAXのWG-1000というカメラです。
バッテリーは新品で、USB Type-C充電。落としても、濡らしても壊れない。なんなら水中でも撮れる。フラッシュもついている。SDカードは大容量のものが使えるから、僕の予備がそのまま使えます。
子どもにとって、最強のカメラだと思います。
もう二度と、あんな悔し涙を流さなくてもいいように。
彼はいまも、そのカメラで日々を撮り続けています。
子どもの撮った写真は、面白い。目線が大人と違うし、何にもとらわれない構図で撮る。何より、好きなものの写真をたくさん撮ってる(笑)
たまにSDカードをパソコンに読み込んで、バックアップをとります。彼は、バックアップがあっても、カードの中身はそのまま残しておきたいと言います。自分の撮った写真は、自分がいちばん好きだもんね。
そんな彼はいま、2枚目のSDカードをカメラに入れています。
1枚目は、中身をそのままにして、しまってあります。
かれの、たからものだから。
* * *
あの夜の噴水は、僕のカメラで撮ってありました。
窓の朝焼け
最終日の朝、6時51分。
ホテルの窓から、朝焼けが見えました。


あの夜、諦めずに行ってよかったと、写真を選びながら、あらためて思いました。
今日の一曲
最後の曲は、キセルの「写真」。
SDカードの中身を、そのまま残しておきたい——そう言った彼の顔と一緒に、この歌の歌いだしを思い出しました。
少し、悲しい歌かもしれません。
でも、あの旅は、彼がお気に入りのカメラと別れた旅でもありました。
だから、この歌にしました。
写真に残る幸せは
一つ残らず彼女のもの
空は紫残された
人の窓辺にも光射す頃
長い夜に眺めるその向こうに
耳を澄ませば聴こえてくるでしょう?
あの日のあの声が唄のように
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、おやすみなさい。
