こんばんは、ひろしです。

今日は、プロレスの話です。

僕は、ずっと、プロレスが怖いと思っていました。

暴力的で、血も流れる。何が面白いのか、わからない。

その見方が、去年から、変わりました。

あれだけ怖いと思っていたものの見方が、変わった。それって、相当なことだと思うんです。

結論から言うと。

お祭りで見たプロレスは、悪役も、その相手も、審判も、実況の人も、みんながひとつになって作っている、ショーでした。

そして、リングの上であんなに悪かった悪役のふたりは、リングを降りたら、めちゃめちゃいい人でした。

説明していきます。

― ざっくり言うと ―

  • 中学生か高校生のころから、プロレスは「暴力的で、怖いもの」だと思っていました
  • 去年と今年、子どもたちと、出雲のお祭りでプロレスを見ました
  • 悪役も、審判も、実況の人も、みんなでひとつのショーを作っている。そう気づいて、震えました
図。プロレスの見方が、変わった。むかしの僕は、深夜のテレビで見て、暴力的で怖いもの(電流爆破デスマッチの印象)だと思っていた。いまの僕は、みんなで作る本気のショーだと思う。見方が変わったのは野津さんのおかげ

途中の「寄り道」は、たたんであります。気になったところだけ、開いてみてください。

プロレスは、怖いものだと思っていた

中学生か、高校生のころだったと思います。

深夜のテレビで、プロレスが流れていました。

水彩の絵。夜の部屋で、古いテレビに映るプロレスを、男の子が後ろから見ている

わりと暴力的だし、血も流れる。

それを見て、何が面白いのか、ちょっとわからなくて。

なんだか、怖いものだと思っていました。

ひろし

電流爆破デスマッチ、みたいなのがあるやん。大仁田厚さんが、血だらけになってるイメージ。あの印象が、強すぎたんよね。

くわしくなかったので、僕はずっと「金網電流デスマッチ」だと覚えていました。正しくは「電流爆破デスマッチ」。金網を使った試合も、あったそうです。

父は、格闘技が好きな人でした。

ボクシングも、K-1も、プロレスも。ほとんどの格闘技が、好きでした。

父がプロレスを見ていても、僕は、あえて見ませんでした。

何が面白いのか、わからなかったし。ちょっと、怖かったから。

水彩の絵。1990年ごろの大阪のマンションのリビング。ソファでリモコンを手に、テレビのプロレスを見るお父さんと、背を向けて漫画を読む男の子。壁ぎわに大きなステレオ

格闘技が、ぜんぶ苦手だったわけではありません。

K-1は、見ていました。いちばん流行っていたころ、アンディ・フグの時代です。ボクシングも、見ていた時期があります。

というか、僕、むかし、空手を習っていたんです。

それでも、プロレスだけは、怖かった。

去年、はじめてのプロレス|お祭りの中の、リング

去年、2025年の10月11日。

出雲の、地域のお祭りで、プロレスがありました。

来てくれたのは、松江だんだんプロレス。島根県松江市の、プロレスの団体です。

子どもたちふたりと、一緒に行きました。

正直に言うと、プロレスが見たくて行ったわけでは、ありませんでした。

お祭りなので、ステージがあって、何かイベントをやっていて。露店も、いっぱい出ていて。

その中に、プロレスのリングがありました。

青空の下、お祭りの会場に組まれたプロレスのリング。リングの上に選手と審判
お祭りの会場に組まれた、プロレスのリング(写真は今年、2026年10月)。

リングで、子どもたちが遊べる時間

いいなと思ったのは、試合の前に、子どもたちがリングで遊べる時間が、ちゃんと設けてあったことです。

「ちびっこプロレス教室」の時間です。

遊ぶ、というより、マット運動みたいな感じ。でんぐり返しをしたり。走って、ロープへ。ロープワーク、というんでしょうか。

水彩の絵。お祭りのリングで、裸足の子どもたちが、でんぐり返しをしたり、ロープへ走ったりしている。靴はリングの外に

そういうのが体験できる時間が、ちゃんとある。素敵だなと思いました。

うちの子どもたちも、リングに上がりました。

めっちゃ、楽しそうでした。

ひろし

僕、リングの上って上がったことないんやけど、ちょっと跳ねるんやね。

試合の前、リングの上で体験する子どもたちの足元
試合の前の、ちびっこプロレス教室(2025年10月)。

今年も、この時間がありました。

試合の前って、もっとピリピリした、真剣な空気なんだと思っていました。

でも、子どもたちがマットの上で体験しているあいだ、選手も、審判も、みんな一緒になって、盛り上げてくれていて。

ほんま、ほんまに、ええ人たちやなと思いました。

「プロレスって、こんなにすごいんや!」

試合が始まると、観客のみんなが、とにかく盛り上がっていました。

盛り上がりすぎていて、「プロレスって、こんなにすごいんや!」と思ったくらいです。

去年は、ほんとうに豪華でした。

シドニー昌太スティーブンス選手。僕の記憶では、テレビの『YOUは何しに日本へ?』に出ていた人です。

この人が、めっちゃ悪役で。鎖を振り回したり、火のついた何かがつながった鎖を、ぶん回したり。

顔に赤いペイントをした、ひげの選手。リングのロープに手をかける(シドニー昌太スティーブンス選手)
シドニー昌太スティーブンス選手(2025年10月)。

いちばん驚いたのは、メインの試合です。

岡山から来た、若い選手。駿之介(しゅんのすけ)選手です。

この人が出てきたとたん、子どもたちが、うわーっと盛り上がって。

あ、この人、こんなに有名な人なんや、と思って。めっちゃ、びっくりしました。

金と黒の衣装で、コーナーポストの上から手を挙げる駿之介選手
駿之介選手(2025年10月)。

毎年このお祭りに来ている選手だから、みんな知っているんだと思っていました。

でも、あとで知ったのですが、このお祭りでプロレスがあったのは、去年がはじめてだったそうです。

去年が好評すぎて、今年も開かれることになったんです。

今年も、駿之介選手は来ていました。

やっぱり人気で、最初から、子どもたちのこころをつかんでいる。すごいなと思いました。

見ていると、みんな盛り上げ上手で、それが面白いんです。

選手のみなさんが、子どもたちを、わーっと盛り上げてくれる。子どもたちも、たぶん、そういうのが好きなんだと思います。

黄色と黒の衣装で、コーナーポストの上で両手を広げる駿之介選手
今年の駿之介選手(2026年10月)。

悪役は、わざと悪い|何回も盗まれる、審判の目

そして、今年、2026年の10月17日。2回目のプロレスです。

去年に引き続き、大盛り上がりでした。

メインの前の試合には、悪役のふたり組が出てきました。MITSUYA選手と、北九州の「がむしゃらプロレス」から来た、トゥルエノ・ゲレーロ選手です。

このふたりが、めっちゃ悪役で。

ずるばっかりして、反則ばっかり。相手の邪魔をして、乱闘して。観客のいる床まで、降りてくることも。

MITSUYA選手は、実況の人が「アメフト出身」と紹介していて。ほんとうに、タックルがすごすぎて。見ていて、やばかったです。

黒いマスクとコートの悪役が、青いマスクの選手をコーナーでつかまえる
トゥルエノ・ゲレーロ選手が、コーナーで嵐弾次郎選手をつかまえる(2026年10月)。

見ていると、審判の目を盗むのって、そんなに簡単なことじゃないと思うんです。

それなのに、何回も、何回も、審判の目が盗まれる。

水彩の絵。審判が向こうを向いているすきに、黒いマスクの悪役がこっそり反則
ひろし

あ、これ、わざとやな。

悪役のふたりは、ほんとうに、悪役に徹していました。

だから、相手の選手が、すごく光って見える。試合は、相手のチームが勝ちました。

ずるも、わざとやっている。そして、審判も、実況の人も、みんな、分かってやっている。

めっちゃ悪い奴らが出てくるけど、それも、必要があって出てくるんだと思いました。

役に徹する、ということも、プロレス全体で見れば、大事なんでしょうね。

黒いマスクの選手が、コーナーの上で相手を持ち上げる
トゥルエノ・ゲレーロ選手(黒いマスク・2026年10月)。

マスクは、はがれない

悪役が、相手のマスクの選手の、マスクをはがそうとする場面もありました。

水彩の絵。青いマスクを、手がつかんで引っぱっている

ほんとうに、はがすような勢いで。子どもたちは、それでまた大盛り上がり。

たぶん、ほんとうにはがすのは、いけないことなんだと思います。僕は、あまりくわしくないけれど。

でも、マスクは、はがれませんでした。

それも、たぶん、盛り上げるためのテクニックのひとつなんですね。

めっちゃ悪い役をして、めっちゃ悪いことばっかりしているのに。

僕は、そのふたりを見て、思いました。

あ、この人たち、絶対いい人やわ。

なんとなく、そう感じたんです。

試合が終わってみたら、やっぱり、いい人でした。めちゃめちゃ、いい人でした。

その話は、このあとの販売会のところで。

実況の人も、審判も、「まだかな」|メインの試合と、場外乱闘

メインの試合は、ふたり対ふたりの、タッグマッチ。去年に続いて組んだ野津朋也選手と駿之介選手が、KYOHEI選手とスサノオKID選手と戦いました。

ベルトを高く掲げる野津朋也選手と、コーナーの駿之介選手。そばに審判
ベルトを掲げる野津朋也選手と、駿之介選手(2026年10月)。
白いガウンで、コーナーポストの上で両手を広げるスサノオKID選手
スサノオKID選手の入場(2026年10月)。

45分1本勝負です。

ボクシングなら、3分で休憩が入るのに。

試合時間の長さにも、びっくりしました。この日は、22分55秒で決着がつきました。

試合の途中で、4人とも、リングの外へ。

お祭りの会場を、戦いながら、練り歩いていくんです。

場外乱闘、というそうです。

選手がどこかへ行ってしまって、リングからは見えない。

実況の人は、することがなくなって、差し入れの唐揚げを食べたりしながら、「まだかな」みたいなことを言っていました。

水彩の絵。リングのそばの実況席で、差し入れの唐揚げをつまみながら待つ実況の人。リングでは審判がロープに腰かけて待っている

審判も、仕事がなさすぎて、リングの上で、ロープに座って、「まだかな」みたいな顔をしていて。

場外乱闘って、こういう感じなんや、と思いました。

場外乱闘のあいだ、リングのロープに座って待つ審判
場外乱闘のあいだ、ロープに座って待つ審判(2026年10月)。

しかも、その乱闘の時間が、長い。

野津選手と、相手チームのスサノオKID選手も、さっきまで、場外で戦っていたんです。

でも、もう一組の、駿之介選手とKYOHEI選手が、あまりにも帰ってこない。

とうとう、敵どうしのふたりが、子どもたちの座っているところに、一緒に座り込みました。

「まだかなぁ」「あいつら、帰ってこねえな」みたいな感じで、ふたりで並んで、待っていて。

面白すぎて、思わず、写真を撮りました。

客席のそばの地面に座り込む2人の選手。水色のマスクの選手と、DANDANのシャツの選手
もう一組が帰ってこないので、客席のそばに座って待つ、野津朋也選手とスサノオKID選手(2026年10月)。

去年は、はじめてだったので、あまり分からなかったけれど。

場外乱闘も、わざと、盛り上げるためにやっているんですね。盛り上げるために、頑張ってやっている。

それも、今年、気づいたことです。

見たことないくらい、空を飛んだ

メインの試合では、何度も、選手が空を飛びました。

水色のマスクのスサノオKID選手が、ロープの上を飛ぶ
スサノオKID選手も、ロープの上を飛ぶ(2026年10月)。

試合を決めたのは、野津選手でした。

リングの角の柱、コーナーポストというんでしょうか。あそこに登って、「行くぞ」と言って。

すごい。見たことないくらい、空を飛んで、回転して。

相手を、リングに沈めました。

それが、フィニッシュ技。やっぱり、いちばん盛り上がりました。

年も、僕とそんなに違わないと思います。

ひろし

それで、あんなに動けるって、すげえな。僕なんか、だんだん年を感じるようになってきたのに。

コーナーポストの上で、空を指さす野津朋也選手
コーナーポストの上で、「行くぞ」(2026年10月)。
コーナーポストから飛んで、空中で回転する野津朋也選手。リングには相手の選手と審判
ムーンサルトプレス(2026年10月)。

その瞬間を、動画でも撮っていました。

コーナーポストの上から、ムーンサルトプレス(2026年10月・音は、スピーカーのボタンで)。

みんなが一体になって、作り出しているショー|気づいて、震えた

見ていて、気づいたんです。

審判も、実況も、演者も。

ぜんぶが一体になって、作り出しているショーなんや、って。

気づいたとき、震えました。

図。みんなで作る、本気のショー。悪役、相手の選手、審判、実況、子どもたち、お祭り。それぞれの役わり

悪役は、悪役に徹する。だから、相手が光る。

審判も、実況の人も、それを分かっていて、一緒に作っている。

― ひとつだけ、ことわり ―

ここに書いたのは、お祭りの会場で、みんなを楽しませてくれるプロレスを見た、僕の感想です。

僕が知らないだけで、ほんとうに真剣勝負の、ガチの戦いのようなプロレスも、あるのかもしれません。

それに、プロレスは勝負ごとです。勝ち負けも、ちゃんとつきます。

そして、あれだけ、体を張っている。

水平チョップを打ち合ったあとは、胸が真っ赤っかで、血がにじんでいるし。去年は、パイプ椅子が壊れるまで、ぶん殴られている選手もいました。

だから、「ショー」と言い切ってしまうのは、選手のみなさんに失礼な気がしています。

あんなに体を張ったショーを、僕は、ほかに知りません。

販売会で、子どもたちがいちばんに向かったのは|やっぱり、いい人だった

選手のみなさんの、グッズの販売会もありました。

いろいろ買ったのですが、子どもたちが、いちばん最初に向かったのは、トゥルエノ・ゲレーロさんのところでした。

あれだけ、めっちゃ悪役だったのに。

いちばんに、グッズを買いに行った。それが、すごく面白くて。

子どもたちは、キーホルダーを選びました。

そのあと、いろんなところで、タオルやステッカーも買いました。

会場では、小銭を持ってくるのを忘れた人も、多かったみたいです。あちこちで、「500円、ありますか」と、両替が頼まれていて。

そんなとき、あんなに悪いことばっかりしていたゲレーロさんが、「全然いいっすよ!」と言って。

いちばん、両替をしてくれていました。

水彩の絵。グッズの机で、大きな手が小銭を、子どもの手にわたす
ひろし

あ、やっぱ、めっちゃいい人やわ。

この日、九州から来ていたのは、ゲレーロさんだけでした。

遠くから来て、いちばん両替をしてくれていたのが、あの悪役だったんです。

子どもたちと一緒に、写真も撮ってくれました。

販売会で、黒いマスクのトゥルエノ・ゲレーロさん。マスクの目のまわりにもメイク。胸に「TRUENO GUERRERO」の文字
販売会で、トゥルエノ・ゲレーロさん(2026年10月)。

よく見ると、マスクの下の、目のまわりにも、メイクをしていて。こだわりを、感じました。

僕も、好きになりました。

子どもたちの宝物の、ウルトラヒーローたちのキーホルダー。

そのなかに、いまは、ゲレーロさんも入っています(笑)。

キーホルダー、買っておいて、ほんとうに正解でした。

ウルトラヒーローのキーホルダーと並ぶ、トゥルエノ・ゲレーロ選手のキーホルダー
ウルトラヒーローたちと、トゥルエノ・ゲレーロさんのキーホルダー。

見方が変わったのは、野津さんのおかげ

メインの試合を決めた、あの技。

名前が分からなくて、Xにそう書いたら、野津さんご本人から、返信が来ました。

「観戦ありがとうございます」。そして、「技名『ムーンサルトプレス』です」。

僕は、こう返しました。

「僕らを楽しませるために、こんなに体を張ってくれてるなんて!」

プロレスの見方が変わったのは、野津さんのおかげなんです。

野津朋也さんは、松江だんだんプロレスの選手です。「島根の火の玉小僧」と呼ばれています。

ベルトを肩にかけて笑う野津朋也選手と、マイクを持つ駿之介選手
試合のあと、ベルトを肩にかけて笑う野津朋也選手と、マイクを持つ駿之介選手(2026年10月)。

松江だんだんプロレスの選手のみなさんは、ふだんは仕事をしながら、プロレスをしているそうです。

ひろし

これって、絶対プロレスが好きじゃないと、できんよね。

寄り道松江だんだんプロレスって、どんな団体?タップで開きます

松江だんだんプロレスは、島根県松江市の、社会人のプロレス団体です。2011年に、松江城で旗揚げしたそうです。

会場には、マスクで顔は見えないけれど、たぶん、ベテランの選手もいました。それでも、体は、めっちゃ引き締まっている。

ほんとうに、プロレスを愛しているんだな、と感じました。

寄り道今年の出場選手|全4試合・12人タップで開きます

この記事では、何人かの選手の名前しか、出てきません。

でも、あの日のリングは、出場した選手みんなで作ったものです。

今年の12人を、試合ごとに並べました。

第1試合 シングルマッチ

坂田龍神 vs ZEEN

今年の夏にデビューした、新人の選手。僕のカメラには、写っていませんでした。坂田選手、申し訳ないです。

坂田龍神さかた りゅうしん

ZEEN選手。長い髪に、金と黒のタイツ。ロープのあいだからリングに入る
ZEENゼン

第2試合 シングルマッチ

スラッガー中村 vs 伊勢宮ジロー

スラッガー中村選手。コーナーの上で、ベルトを肩にかけて叫ぶ
スラッガー中村
伊勢宮ジロー選手。黒いパーカーで、リングに入る
伊勢宮ジロー

セミファイナル タッグマッチ

MITSUYA、トゥルエノ・ゲレーロ vs 嵐弾次郎、ミステリコ・ヤマト

MITSUYA選手。黒い袖なしのシャツで、リングへ向かう
MITSUYA
トゥルエノ・ゲレーロ選手。黒いマスクで、コーナーのロープの上に立つ
トゥルエノ・ゲレーロ
嵐弾次郎選手。青いマスクに、波の柄のコスチューム。空を指さす
嵐弾次郎
ミステリコ・ヤマト選手。白い炎の柄の、青いマスク
ミステリコ・ヤマト

メインイベント タッグマッチ

KYOHEI、スサノオKID vs 野津朋也、駿之介

KYOHEI選手の後ろ姿。黒いマスクに黒いTシャツ。ベルトを持つ
KYOHEI
スサノオKID選手。水色のマスクに、白いガウン
スサノオKID
野津朋也選手。ベルトを肩に、マイクで話す
野津朋也
駿之介選手。マイクを持って叫ぶ
駿之介

遠くから来てくれた選手も、たくさんいました。

北九州のトゥルエノ・ゲレーロ選手。京都の嵐弾次郎選手と、京都の学生プロレスから来た、現役の大学生のZEEN選手。福島の団体のKYOHEI選手。岡山の駿之介選手。

地元の松江だんだんプロレスからは、代表のミステリコ・ヤマト選手も、リングに上がっていました。

去年(2025年)は、3試合・14人でした。★は、2年続けて出場した選手です。

第1試合 6人タッグマッチ

ブラックジロー/梟雄/グレート・カグラvsやんちゃマン/スラッガー中村★/葵

第2試合 タッグマッチ

嵐弾次郎★/シドニー昌太スティーブンスvsALLマイティ井上/ミステリコ・ヤマト★

メインイベント タッグマッチ

コマドリBOY/イマバリタオル・マスカラスvs野津朋也★/駿之介★

名前は、松江だんだんプロレスの公式Xの、対戦カードと試合結果のとおりに書いています。

去年、このお祭りではじめてのプロレスを開くために、野津さんが、すごく頑張って段取りを進めてくれたそうです。

それだけでも、胸が熱くなります。

あとで野津さんにうかがったら、このお祭りでプロレスができたのは、松江だんだんプロレスのグレート・カグラ選手と、お祭りの会長さん。おふたりがつないでくれた縁のおかげだそうです。

カグラ選手は、去年の第1試合に出ていた選手です。

最後は、お祭りの会長さんと

最後のあいさつは、去年も今年も、同じ流れでした。

お祭りの会長さんを、リングに上げて、みんなに紹介して。

みんなで、記念撮影。

試合のあと、リングの上でみんなで記念撮影
最後は、みんなで記念撮影(2026年10月)。

リングのマイクで、こんな話がありました。

― お祭りの側と、野津さん ―

お祭りの側は、「野津さんが全部段取りしてくれたから、自分たちは何もしていない」。

野津さんは、「会長さんがいなかったら、実現していない」。

ほんとうに、みんな。プロレスを愛する人たちは、素晴らしいな、と思いました。

この話をするだけで、ちょっと、涙が出てきます。

料理の仕事と、通じるところ

体を張って、楽しませてくれる。

料理の仕事にも、通じるところがあります。

お客さんに楽しんでもらうために。

メニューを考えているときから。盛り付けを考えているときから。仕込みをしているときから。

たぶん、全部です。

でも、それを伝える方法が、いちばん難しい。

プロレスの人たちは、そこが、ほんとうに上手でした。

子どもたちをリングに上げて、一緒に盛り上げる。悪役は、悪役に徹する。場外乱闘で、お祭りの会場ぜんぶを使う。

どれも、楽しんでもらうための、伝え方なんだと思います。

図。楽しんでもらうための、伝え方。料理の仕事はメニュー・仕込み・盛り付け。プロレスは子どもたちをリングに上げる・悪役に徹する・場外で会場ぜんぶを使う

まとめ|みんなで作る、本気のショー

図。見方が変わるまで。中学・高校のころ、2025年、2026年、販売会、いま

中学生か高校生のころ、プロレスは、暴力的で、怖いものだと思っていました。

父が見ていても、あえて見なかった。

その見方が、去年から、変わりました。

お祭りで見たプロレスは、悪役も、その相手も、審判も、実況の人も。みんながひとつになって作っている、ショーでした。

リングの上であんなに悪かった人が、リングを降りたら、めちゃめちゃいい人。

あれだけ怖いと思っていたものの見方が、変わった。

それって、相当なことだと思うんです。

水彩の絵。夕方の空の下、リングの角のコーナーポストの上に立って空を指さす選手と、リングの外から両手をあげて見上げる子どもたち

ふと、思いました。

戦後、力道山のころ。プロレスは、日本中で大人気になったそうです。

そのころの子どもたちも、お祭りの子どもたちみたいに、うわーっと盛り上がっていたのかな。

寄り道力道山のころの子どもたちも、こんなふうに盛り上がっていた?タップで開きます

1954年2月19日。東京の蔵前国技館(くらまえこくぎかん)で、力道山(りきどうざん)と木村政彦(きむら・まさひこ)が、シャープ兄弟と戦いました。

NHKと日本テレビが、生中継。新橋駅の西口の街頭テレビの前には、およそ2万人が集まったそうです。

空手チョップで、外国のレスラーを倒す。力道山は、国民的なスターになりました。2月19日は、いま「プロレスの日」です。

そのころの子どもたちが、どんなふうに見ていたのか。調べてみたけれど、記録は見つけられませんでした。

街頭テレビの前にも、うわーっと声をあげた子どもたちが、いたのかな。

水彩の絵。昭和の駅前で、街頭テレビのプロレスを見上げる大人と子どもたち

1960年4月。力道山の道場に、ふたりの若者が、同時に入門します。アントニオ猪木さんと、馬場正平(ばば・しょうへい)さん。のちの、ジャイアント馬場さんです。

猪木さんの入場曲が、「炎のファイター 〜INOKI BOM-BA-YE〜」。1976年に、猪木さんがモハメド・アリさんと戦ったあと、アリさんから贈られた曲を、アレンジしたものだそうです。もとの曲は、アリさんの映画『アリ ザ・グレーテスト』(1977年)の中の「Ali Bombaye」です。

力道山から、猪木さんへ。猪木さんから、あの曲へ。

今日の一曲

今日の一曲は、マンドリルとマイケル・マッサーの「Ali Bombaye (Zaire Chant) I」。

アントニオ猪木さんの入場曲、「炎のファイター 〜INOKI BOM-BA-YE〜」の、もとになった曲です。

プロレスの曲、と考えて、まっさきに浮かんだのが、猪木さんのテーマでした。

でも、あんなに有名な曲なのに、猪木さんの曲そのものは、配信でも公式の動画でも、見つかりませんでした。

もとの曲は、1977年の、モハメド・アリさんの映画『アリ ザ・グレーテスト』の中の曲。こちらは、聴けます。

この曲が、アリさんから猪木さんに渡った話は、すぐ上の寄り道に書きました。

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それでは、おやすみなさい。