最後の一杯は、エスプレッソじゃなかった|コースの締めに出会った日
第1回で、僕のコーヒーの始まりを書きました。第2回では、中川ワニさんに会って「コーヒーは、淹れる人の味がする」ことを知りました。
今回は、その先の話です。料理人になった僕の、コースの最後の一杯の話。
エスプレッソでいくつもりだった僕が、島根のあるカウンターで、小さな一杯に出会う話です。
最後の一杯は、エスプレッソのつもりだった
自分の店を持つことを考えていたころ、頭の中でコースを何度も組み立てていました。前菜、パスタ、メイン、ドルチェ。そして最後の一杯は、決めていました。エスプレッソです。
イタリア料理の締めの定番ですし、ダビデの記事にも書いたとおり、バールのエスプレッソには、砂糖を入れてグイッと飲み干す、あの文化ごとの美味しさがあります。悩んでいたのは、どのマシンにするかと、どの豆を使うか。それだけでした。
豆については、構想がありました。小型の焙煎機を置いて、自分で焼く。いまはスマホからコントロールできて細かい微調整のきく焙煎機があるので、それなら仕込みの手もそんなに取られない。そしてその日のコースに合わせて、焙煎を変える。

エスプレッソ+コースに合わせた自家焙煎。この形だけでも充分に成立すると、いまでも思っています。
ただ、人生には、思ってもいなかった一杯が出てくることがあります。
「紹介したい人がいる」
岡田さんという方がいます。もともと設計や庭の仕事をしていた人で、出雲の多伎で「蒼」という喫茶をやっていました。面白いのは、その店を始めた理由です。「松浦さんのコーヒーを淹れたくて、店を始めた」と言うんです。
その岡田さんが、あるとき言ってくれました。「紹介したい人がいる」と。もちろん、松浦さんのことです。
松浦さんは、松江の東出雲で焙煎をしている、知る人ぞ知る人でした。全国にファンがいる。でも、あまり表に出ない。こだわりが強くて、人に会いたがらない印象の人——と、聞いていました。
豆が先で、店が後。そこまで人に言わせる人が、どんな人なのか会ってみたい。理由はそれだけでした。コースの最後の一杯を探しに行ったわけじゃ、なかったんです。
山の猟師みたいな人だった
初めて見た松浦さんの印象を、正直に書きます。山の猟師みたいな風貌の人でした。海の漁師じゃなくて、山で獲物を追う方の、猟師です。厳しい人だなというのは、一瞬でわかりました。
お弟子さんらしき女性——無口な、僕より少し年上くらいの方——も、ずっと無言で作業をしていて、それがまた、この場所の空気を物語っていました。
店には、立派なカウンターと、座るのが申し訳なくなるような上等な椅子。奥には扉で区切られた焙煎室があって、焙煎機が3台。用途別に使い分けていて、1台は使っていないと言っていた気がします。

あとから気づいたことですが、松浦さんは焙煎人です。コーヒーを淹れて出す商売の人では、ないんです。それなのに、カウンターと椅子をしつらえ、出し方まで工夫し尽くしている。
ちゃんと考えて、ずっと考えながらやっている人。
話すほどに、最初の「厳しそう」の奥にあるものが見えてきました。
注文していないのに、次々と
カウンターに座ると、コーヒーが出てきました。頼んでいないのに、です。
一杯飲み終わると、また次の一杯。豆を変え、淹れ方を変え、注文していないのに次々と出てくる。こちらはただ、目の前で起きることを見ているだけです。
抽出はネルドリップでした。片手にポット、片手にネルを持って、ビーカーをサーバー代わりにして、止めずに連続的に注ぎ続ける。ワインをデキャンタージュするみたいに。ワニさんの「真ん中に注ぎ続ける」ドリップとも、また違う。

ミルも普通ではありませんでした。豆に熱が加わらないように、3段階に分けて挽いていく機械。国産らしい、かなり高価なものだと言っていました。それで一杯ぶんずつ、都度挽く。
挽くときの摩擦熱まで気にする世界があるのかと、カウンターの端で静かに衝撃を受けていました。
ワイングラスで飲むコーヒー
そしてグラスは、しょっぱなからワイングラスでした。
最初の一杯は、たしかボルドーグラスだったと思います。口に運ぶと、香りが、飲むのと完全に一緒に来る。コーヒーカップで飲むより、そのコーヒーの世界がよくわかるんです。
バルーングラスで出てきた一杯は、すごく甘い感じがしました(もちろん、豆も違ったのだと思いますが)。アイスコーヒーは、フルートグラス(シャンパンでよく使う細長いグラス)で出てきて、冷たいと立ちにくいはずの香りまで一緒に楽しめる。これも初めての体験でした。

ワインの世界では当たり前にやっていることを、コーヒーでやる。そこで思い知りました。
コーヒーは、ワインと同じぐらい深い世界だった。
ただ、この飲み方は毎回やると疲れます。一杯から入ってくる情報量が多すぎるんです。だからこそ、特別な時間でした。
最後に置かれた、小さな一杯
そして最後に、小さなグラスが置かれました。
ショットグラスより少し背の高い、極薄のグラス。そこに、濃いコーヒーが少しだけ入っている。デミタスです。

一口飲んで、思いました。
あー、これやわ。
エスプレッソじゃ、なかったんか。
濃さだけなら、エスプレッソ並みです。最初の一口の印象も、エスプレッソに似ていました。でも、そのあとの余韻が全然違う。エスプレッソには、雑味というか荒さというか、それも含めた魅力があります(僕はあれが大好きです)。
このデミタスは、エスプレッソ並みに濃いのに、香りが豊かで、濃いけどクリアで、余韻がちょっと赤ワインに近い。

赤ワインとコーヒーの余韻には通じるものがある——前からそう思っていたのですが、この一杯で、それをより深く感じました。そして直感的に、あ、これが自分のコースの最後だ、と。
エスプレッソで決めていたはずの、最後の席。そこに、この小さな一杯が、すっと座りました。探しに来たわけでもないのに、僕がコースの最後に求めていたコーヒーは、これでした。
グラスのことを聞くと、松浦さんは「これは普通には売ってない。紹介はできるけど、めっちゃ高いよ」と笑って、「まずは薄いグラスを探せばいい」と教えてくれました。器の見積もりの話まで、その場で進んでいました。
中まで、焼き切る
その日、松浦さんと話したことで、もうひとつ強く残っていることがあります。焙煎の話です。
当時、浅煎りのコーヒーがだいぶ広まっていて、淹れ方もいろいろ新しくなっていました。僕のまわりでよく見かけたのは、蒸らさずに、最初からドリッパーいっぱいにお湯を注いで、いいところだけをさっと引き上げる淹れ方。雑味が出る前に抽出を終える、という考え方です。
その淹れ方を否定するつもりは、まったくありません。あれはあれで、ひとつの答えだと思います。
ただ松浦さんは、その対極にいました。コーヒー豆を、中まで焼き切る。それを大切にしている人でした。

僕が出雲でいちばん好きなロースター、Strings Coffee Roastersも、同じタイプの「ちゃんと焼き切っている店」です。どうやって分かるのかと聞かれると説明が難しいのですが、豆の感じで、僕はなんとなく分かります。あの日に受け取った物差しが、いまも僕の豆選びの土台になっています。
「店ができたら、食べに行くから」
松浦さんとは、話してみると、根っこのところで通じるものがありました。
僕も、ちゃんと考えながら料理をするタイプです。いま出しているものに満足しないで、考え続けて、どんどん良くしていく。「料理に完成はない」と書いたことがありますが、松浦さんはコーヒーで同じことをやっている人でした。だからたぶん、お互いに響き合うものがあったんだと思います。僕は、そう思っています。
帰り際に、言ってもらいました。「店ができたら、食べに行くから教えてくれ」と。

その約束は、まだ果たせていません。当時の僕は、店舗を持たないイタリア料理店としてすでに開業していて、店舗を構える準備を進めていたのですが、その直前で撤退することになったからです。その話はまた、いつか書ける日が来たら。
会ったのは、その一度きりです。それでも、いい出会いでした。あの日決まった「最後の一杯」は、いまも僕の中にそのまま残っています。
あの一杯を、実際に出してみた
2021年の4月、チーボという月に一度のサンデーマーケットでのことです。

正直、迷いました。チーボには、それぞれの想いでコーヒーを淹れる、素敵なコーヒー屋さんたちが出店しています。そこに料理人の僕がコーヒーを出すのは、邪道じゃないか。失礼じゃないか、と。それで、いつも世話になっている主催の司くんに相談したんです。返ってきた言葉はシンプルでした。
理由があるなら、全然いいと思いますよ。
僕には理由がありました。
このあいだ、当時のFacebookを掘り返したら、出店前日に書いた文章が残っていました。司くんが「彼のコーヒーに対する想いを書いてもらったので、ぜひ読んでみてください」と、僕の長い長い文章をそのまま載せてくれていたんです。その中で、当時の僕はこう書いていました。
コーヒー屋さんが出店されているなか、飲食店がコーヒーを出す。失礼に当たるかもしれません。でも僕は、本気で淹れさせていただきます。
豆は、Strings Coffee Roastersの飯嶋さんに焙煎してもらった、ブラジル産のプレミアムショコラ。お湯は、出雲市佐田町の湧き水「無上泉」。出したのは、デミタスとドリップの2種類。松浦さんのカウンターで決まったあの一杯を、自分の料理の最後に置きました。

料理のほうは、オープンサンドを2種類。さとうのんびり農園の卵の目玉焼きと、カヌカパークの猪肉のハンバーグです。
パン屋「パンと焼き菓子」の食パン、木次乳業のプロボローネ(燻製のチーズ)と、同じく木次乳業の牛乳で作ったベシャメル、白南風のベーコン。完璧に仕込んでいきました。
あとは、パンをあたためて、ゆきぱん(手打ちの鉄フライパン)で焼いた目玉焼きか、ハンバーグをのせるだけ。
料理はそれだけにして、出し終えたらコーヒーに移るつもりでした。


でも当日は、風もあって、火が通りにくかったんです。そこへ、お客さんがたくさん来てくれて、行列になりました。
持ち込んだトースターでパンをあたためながら、必死で焼き続けました。ただ、カセットコンロには限界があって、思うようには連続して出せませんでした。
売り切れたときには、もう、チーボの終わる時間でした。それでも、残りの短い時間で、やっと、コーヒーを淹れました。その日の投稿には、こう書いてあります。
自分のお店でお客様に出す、初めてのコーヒーとなりました。今日の数杯のコーヒーと、お飲みいただいたお客様のことを、僕はきっとこれからも、ずっと忘れないでしょう。
5年経ちましたが、本当に忘れていません。
かおちゃんの一杯
チーボの出店には、もうひとつ忘れられないことがあります。手伝ってくれていた友人の、かおちゃんの話です。
かおちゃんは、コーヒーが大好きなのに「飲むとお腹が痛くなるから飲めない」と言っていました。聞けば、普段飲んでいたのは流行りの焙煎のお店。そこで僕は、こう言ってみたんです。「ストリングスの豆は焼き切ってるから、もしかしたら飲めるかもしれんよ」と。
飲めと言ったわけではありません。でも、コーヒー好きのかおちゃんは「じゃあちょっと飲んでみようかな」と、一杯飲んでくれました。「すごい美味しい」と言って。
後日、メールが来ました。本当にお腹が痛くならなかった、と。

正直に書くと、これは僕の仮説にすぎません。中まで焼き切った豆なら大丈夫なんじゃないか、という。誰にでも当てはまるかは分かりませんし、本当にコーヒーが飲めない人は、焼き切った豆でもダメだと思います。それでも、あのメールは嬉しかった。
コーヒーは、コースの最後の一皿
その後も、ケータリングで2回、コースの最後の一杯としてデミタスを出しています。出すたびに思います。やっぱり、これだと。
最後の一杯が美味しいと、その日の食事ぜんぶの印象が変わります。逆に言うと、最後の一杯まで気を抜いていないコースは、それだけで「最後までこだわった」という指標になる。
だから僕にとって、コーヒーは食後の付属品ではなくて、コースの最後の一皿です。

店を持つことを考えていたころからの構想——小型の焙煎機を置いて、その日のコースに合わせて焙煎も豆も変える——は、いまも生きています。変わったのは、最後の一杯の形だけ。
魚のコースの日と、ジビエのコースの日で、最後のデミタスが違う。そこまでやれたら、あの日のカウンターで受け取ったものを、ちゃんと自分の形にできる気がします。
コーヒーの旅は、まだ続きます。次回は、20年以上毎日回し続けた、母からもらった手回しミルの話。長い付き合いの相棒に、最近ちょっと申し訳ないことになっている話です😅
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今日の一曲
アルバム『ごあいさつ』に入っている一曲です。京都・三条のコーヒー屋へ、好きな子に会いに行く歌。
コーヒーを飲みに行くのか、人に会いに行くのか。たぶん、その両方なんだと思います。僕もあの日は、人に会いに行って、最後の一杯に出会いました。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。















