世界は、歌でできている
このブログの記事の終わりには、いつも「今日の一曲」を置いています。
なぜ、毎回うたを添えるのか。
そのきっかけをくれたのは、息子でした。

息子が、まだことばを話せなかったころ。
童謡のカードで、よく遊んでいました。
おもてには、その歌の中身を描いた絵。うらには、歌詞。
息子が絵を見てカードを選ぶと、ぼくがそのうたをうたう。
ただ、それだけの遊びです。
でも息子はそれが好きで、毎日、何枚も何枚も、小さな手でカードを差し出してきました。
やがて、少しだけ話せるようになったころ。
息子は、いろんなものを持ってきたり、指をさしたりして、こう言うようになりました。
「うたって!」
正直、最初は困りました。
——これの、うた? そんなの知らないよ、と。
でも、息子のおかげで、ハッと気づいたのです。
木にも。山にも。海にも、空にも。
船にも、飛行機にも、列車にも。
そして、形のないものにだって。
——世の中には、すべてに、うたがある。

今まで、意識したこともありませんでした。
それを、まだ小さな息子が、教えてくれたのです。
だったら、と思いました。
このブログで書くこと——トマトのことも、包丁のことも、塩のことも。
きっと、どれにも、うたがある。
そう思って、記事の終わりに「今日の一曲」を置くことにしました。
もともと、音楽はずっと、そばにありました。
父がかけるレコード、姉のピアノ、はじめて自分で買ったCD——。
その話を書き出したら、とても長くなってしまったので、別の記事に書きました。

そういえば。
息子は2歳のとき、サンタさんに「ギター」をお願いしました。
届いたのは、ヤマハのギタレレ。小さいけれど、れっきとした本物のギターです。
2歳にして、自分だけの一本。
——ちなみに、僕が自分のギターを手にしたのは、18歳でした。息子は、2歳。(笑)
じつは息子は、ギターをもらう少し前から、自分で歌を作っていました。秋のあいだ作りつづけて、完結したのが11月。その翌月のクリスマスに、ギター。
きっとあの歌たちを作りながら、もう自分のギターが欲しかったんだろうな——と、いまになって思います。
(その記録はこちら → 2歳と1日の息子、「うた」を作る)
その小さなギターを背中に担いで、地元のツドリバ(つどいの場)で弾き語りをしたり、相羽崇巨さんのライブを観に、名古屋まで連れていったりします。ツドリバで弾き語るのは、いつもミッシェル・ガン・エレファントの「GT400」。
弾く機会は、そう多くないけれど。
それでも、ギターと一緒に出かけていく後ろ姿を見ると——この子はもう、歌のある世界を、ちゃんと生きているんだな、と思うのです。

だから、この記事にも。
今日の1曲
大好きな歌で、そして“うたうこと”そのものを歌った歌だから。
歌うことは
難しいことじゃない
ただ声に身をまかせ
頭の中をからっぽにするだけ
唄うことは
難しいことじゃない
その胸の目隠しを そっと外せばいい
