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こんばんは、ひろしです。

今日は、うちの台所にいる、一枚のフライパンの話をさせてください。

結論から言うと、このフライパンは、お店では買えません。

広島の、ひとりの作家さんが、一枚ずつ、手で打って作っています。

名前は、ゆきぱん

5年使って、いまも最高です。

説明していきます。

木のテーブルの上の、手打ちの鉄フライパン「ゆきぱん」
一枚目のゆきぱん(2021年2月)。

目玉焼きが、縦に高くなる

ゆきぱんを使っている人は、みんな同じことを言います。

目玉焼きが美味しい。ソーセージが美味しい。肉が美味しい。

ぼくも使ってみて、すぐにわかりました。

火の入り方が、違うんです。

いちばんわかりやすいのが、目玉焼き。

ゆきぱんの目玉焼き(7秒/音はスピーカーボタンで)。

ふつうのフライパンだと、白身は横へ広がっていきます。

ゆきぱんだと、横に広がりきる前に火が入って、そのまま上へふくらんでいく。

目玉焼きが、縦に高くなるんです。

縦にふくらむから、白身をしっかり焼いても、黄身はトロトロのまま。

なぜそうなるのか。ぼくなりの答えは、後半で書きます。

声のSNSで、出会った

ゆきぱんを知ったのは、2021年の冬でした。

当時、Clubhouseという「声のSNS」が流行りはじめた頃で、ぼくもやっていました。

ある日、書道家の武田双雲さんがホストの回に入りました。

武田さんには、ワイナリー時代のイベントでお会いして、話をして、料理も食べていただいたことがあったんです。

それで、あの時はありがとうございました、というようなことを話しました。

その同じ回で。

広島の作家さんが、手打ちの鉄フライパンの話をしていました。

それが、ゆきさんでした。

気になって調べて、一枚、注文しました。

手打ちの鉄フライパン「ゆきぱん」の鉄の表面
手打ちの、ゆきぱん。

ゆきぱんは予約制作です。作品づくりの合間に、一枚ずつ打つので、すぐには届きません。

ひろし

待つ時間も、ちょっといいんですよね。

ゆきさんという、作り手

作り手は、岡本祐季(おかもと ゆき)さん。

屋号は、ラフォルジュロンデコラシオン(la forgerone decoration)。フランス語の「鍛冶屋(ル・フォルジュロン)」を女性形にした造語に、「装飾」を添えた名前です。

本業は、鉄の造形作家。

つまり、アーティストです。

もともとは、証券会社の営業だったそうです。

ゆきさんには、よく通っていた、お気に入りのカフェがあって。

その店内に飾られた鉄のオブジェに、惚れ込んだそうです。

その鉄を作ったのは、まさか、そのカフェのマスター本人だった。

会いたかった作り手は、最初からそこに居た。

だから、弟子にしてほしいと頼んだ。

断られました。

力の要る仕事だから、どうせすぐやめるだろうと。女性なら、なおさら続かないだろうと。

それでも、何度も、何度もお願いして。

ようやく認めてもらって、弟子入りした。

そこから10年修行して、独立した。そういう人です。

鍛冶は、重い鉄を打ちつづける仕事。

その力仕事を、女性がひとりでやり抜いている。

製作が立て込んで、鉄を叩く日がつづくと、打つほうの腕だけが、筋肉がついて太くなるそうです。

ご本人から、そう聞きました。

努力が、そのまま、からだに出ている。

その仕事を、いまも、続けている。

そのこと自体が、すごいことだと思うんです。

この話を聞いたとき、ぼくは他人事に思えませんでした。

ぼくも大学を出て、未経験のまま「給料は要らないので」と飲食の世界に飛び込んだ口です(このときの話はチーズの記事に書きました)。

ゆきさんの方が、ずっとすごかったけれど。

この道のりは、ゆきさん自身がブログの連載「私はこうして鍛冶屋になった」に書いています。

ゆきさんのブログのトップ画像 ゆきさんのブログ(la forgerone decoration) パンと焼き菓子の日々が綴られています forgerone.exblog.jp

照明から大きなオブジェまで手がけて、テーマは「軽やかで、しなやかな、鉄」。

作品は、博多駅の屋上にある一人掛けの椅子から、製鉄所の7メートルのモニュメントまで。

資生堂やサントリー金麦のCMに出演したり、NHKやフジテレビの特集が組まれたり——広島では、結構な有名人だと思います。

ぼくなんかが紹介するのも、おかしいくらいの。

「見学お断り」のアトリエへ

そしてプロフィールには、こう書いてあります。

※ アトリエの見学はお断りしています ※

でもぼくは、特別に、招いていただきました。

ゆきさんは昔、ぼくがのちに専属料理人をつとめるワイナリーを、訪れたことがあったそうです。

ぼくがそこで働くよりも、前のこと。

そのときの思い出を、なつかしんでくださって。

2021年2月25日。ぼくは広島のアトリエで、ゆきさんとたくさん話をしました。

とても素敵な人でした。

特別に見せていただいた場所なので、写真は、あえて一枚も撮りませんでした。

だからこの記事に、アトリエの写真はありません。

その場で、2枚目のゆきぱんを買って帰りました。

ゆきぱんが生まれた話

アトリエで聞いた話です。

ゆきぱんは、もともと売り物ではありませんでした。

友達のために作ったフライパンが評判になって、友達から友達へ、口づてに広がっていった。

作品づくりの合間に打つものだから、数は多く作れない。

そんな存在でした。

そこへ、コロナが来ました。

あらゆることが止まって、作品の依頼も止まって、この先どうなるかわからない。

その不安な期間を支えてくれたのが、ゆきぱんだった——と、ゆきさんは話してくれました。

ステイホームで、家でキャンプをするのが流行った頃。ゆきぱんは、すごく求められたそうです。

やっぱり、良いものだったから。

焼くだけで、わかるって、最強だと思うんです。

地元の野菜(にんじん・かぶ・トレビス)と卵のパック
地元の野菜と、卵。ゆきぱんで焼けば、なんでも美味しい。

なぜ美味しくなるのか——ぼくの仮説

ここからは、料理人としてのぼくの仮説です。

ゆきぱんは、鉄の塊を、手で打って作ります。

いまの鉄のフライパンは、ほとんどが、鋳造(型に流し込む)か、プレス(型で押して成形する)で作られます。

そうした作り方はもちろん、機械で叩くのとくらべても、手打ちは、叩く回数が圧倒的に多い。

叩かれた鉄は、密度が上がる。

密度が上がると、熱のたまり方と伝わり方が変わる。

だから、火の入り方が変わる——ぼくはそう考えています。

それに、もうひとつ。

手で打つということは、その一振り一振りに、気持ちがこもるということです。

数字にはできないけれど、ぼくは、味に出ると思っています。

目玉焼きが縦に高くなるのも、ソーセージの皮がぱりっと張るのも、たぶん同じ理由です。

ゆきぱんで焼いたにんじん
ゆきぱんで焼いた、にんじん。
赤外線温度計でゆきぱんの温度を測っているところ
赤外線温度計で測りながら、焼いていた頃。

面白がって、温度計で測って遊んだこともあります。こういうことをやり出すと、料理人は止まりません笑

鉄のフライパンそのものの性質については、フライパンの選び方の記事にも書きました。あわせてどうぞ。

皿になる、フライパン

じつはぼく、ゆきぱんで、ひとつ夢を見たことがあります。

お店を準備していた頃、すべての料理を、想いのある作家さんの器で出すつもりでいました。

そのなかで、お皿と調理器具を兼ねられるものが、ひとつだけあった。

ゆきぱんです。

イメージは、ファミレスの鉄板ハンバーグ。

といっても、載せるのは和牛や、鴨、イノシシ、鹿——そういう肉料理です。

焼いたそのまま、ゆきぱんごとお客様に出せば、お皿になって、保温までしてくれる。

しかも鉄ですから、よく切れるシャトーラギオールの鉄のナイフを立てても、なにも気にしなくていい。作家さんの陶器のお皿では、こうはいきません。

アトリエでその話をしたら、ゆきさんが言いました。

「持ち手まで全部鉄だから、持ち手だけは何かで保護した方がいい」

お客様が火傷しないように、そこまで心配してくれる。

ぼくも同じことを考えていて、持ち手は革で保護するつもりです、と答えました。

作る人と使う人の心配が、同じところにある。いい道具って、そういうものだと思います。

お店は事情があって撤退したので、この計画は実現していません。

でも、ゆきぱんが料理の主役になった日は、ちゃんとありました。

行列の日、ゆきぱんで焼きつづけた

フェニーチェとして、あるイベントに出店したときのことです。

ゆきぱんで焼いたのは、オープンサンドの、具。

地元でとれた、イノシシのハンバーグ。

地元の農家さんの、とれたての有精卵で、目玉焼き。

その目玉焼きにのせたのは、白南風さんのベーコン。

土台は、地元のパン屋さんの食パン。そこへ、木次乳業のプロボローネチーズと、パスチャライズ牛乳でつくったベシャメルソースを重ねました。

地元の、おいしいものばかりを、ゆきぱんの上で。

ゆきぱんで焼いた、イノシシ肉のハンバーグと有精卵の目玉焼き。オープンサンドの具
イベントで。地元イノシシのハンバーグと、有精卵の目玉焼き。オープンサンドの具です。

その日は、すごい行列で。

ぼくは、ゆきぱんで、ひたすら焼きつづけました。

お店で描いた夢とは、かたちは少しちがう。それでも、ゆきぱんが料理の真ん中にいた一日でした。

お店のことは、La Fenice のインスタグラムに、少しだけ。あまり更新できていないのだけど。

白南風さんのベーコンのこと

— 少し、寄り道を —

あの目玉焼きにのせたベーコンのことを、少しだけ。

白南風さんのベーコンは、なかなか手に入りません。

島根に来たばかりの頃、ふらっと立ち寄った工房で、青木さんご夫婦が、作り方を、ひとつひとつ、丁寧に教えてくださいました。

ふつう、燻製は煙で燻します。

でも白南風さんのは、ちがいました。

手づくりの大きな煉瓦の窯に、肉を吊るす。その下で薪を、完全に燃やしきる。その澄んだ煙で、長い時間をかけて、じっくりと。

一度食べたら、忘れられない味です。

その貴重なベーコンを、イベントで使わせてほしいとお願いしたら、快く、たくさん分けてくださいました。

ずっとあとになって、知りました。

ご主人の青木さんは、火山の写真家でもあったこと。学校の教材になるほどの、名の知られた方だったこと。

先日、撮影の途中の事故で、亡くなられたと聞きました。

あのベーコンを分けてくださった手のことを、今でもふと、思い出します。

キャンプで、大活躍

先日、3家族でキャンプに行きました。

ゆきぱんも、連れて行きました。

焼いたのは、目玉焼き、ソーセージ、パン、にんじん。

キャンプの朝。ゆきぱんで、目玉焼き(音はスピーカーボタンで)。

家のコンロでも、キャンプの火でも、ゆきぱんは変わりません。

熱源が何であれ、最高の仕上がりにしてくれる。

ステイホームの頃、家キャンプでゆきぱんが求められた話を書きました。

ほんものの火の前では、なおさらでした。

子どもたちと、ゆきぱん

うちの子どもたちは、毎朝、自分で卵を割って、ゆきぱんで目玉焼きを焼きます。

3歳の頃からです。

いま6歳の長男は、片手で卵を割ります。

ぼくが片手で割れるようになったのは、26歳でした笑

先日、あるイベントで、子どもたちがお絵描きをしました。

お題は、「好きな食べもの」。

誰もなにも言っていないのに、ふたりとも、同じものを描きました。

ゆきぱんで焼いた、目玉焼きです。

子どもたちが描いた、ゆきぱんの目玉焼きの絵
子どもたちが描いた、ゆきぱんの目玉焼き。

ゆきぱんは、うちの暮らしの真ん中にいます。

* * *

ゆきぱんに、会いたくなった人へ

使い込まれた手打ちの鉄フライパン「ゆきぱん」
うちのゆきぱん(2021年3月)。

ゆきぱんは、予約制作です。

ゆきさんのサイトから申し込めます。

一枚ずつ手で打つものなので、時間はかかります。

でも、待つ価値は、5年使ったぼくが保証します。

いますぐ鉄をはじめたい人へ

ゆきぱんを待つあいだに、市販の鉄フライパンで「鉄の暮らし」をはじめておくのもいいと思います。

選び方と育て方は、こちらに書いています。

フライパンの選び方|鉄・アルミ・ステンレス・テフロンを料理人が解説

お手入れの道具も、シンプルでいい。

たわしと、ささら。石けんは、基本いりません。

まとめ

いいものは、焼くだけでわかる。

作る人の時間が、道具の中に入っている。

ぼくの台所には、その証拠が二枚あります。

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それでは、おやすみなさい。

今日の一曲

書きながら、ふっと、頭のなかに流れてきた曲がありました。

松任谷由実さんの、「やさしさに包まれたなら」

『魔女の宅急便』の、エンディングのうたです。

なんでこの曲なんだろうと、あとから、たどってみました。

目玉焼き。そこから、『天空の城ラピュタ』の、あの一枚。ジブリ。そして、『魔女の宅急便』。

キキが、はじめて自分のお店の看板を掲げる、あの場面。

あの看板も、たしか、鉄だった気がします。

弟子入りして、修行して、独立して、やがて自分の看板を掲げる。

ゆきさんの歩いた道と、どこかで、重なりました。

曲が先で、理由は、あとから。きっと、そういうものなんですよね。

小さい頃は神さまがいて

不思議に夢をかなえてくれた

やさしい気持で目覚めた朝は

おとなになっても 奇跡はおこるよ

小さい頃は神さまがいて

毎日愛を届けてくれた

心の奥にしまい忘れた

大切な箱ひらくときは今