こうもりコーヒー|飲んだことのない一杯を、淹れる子どもたち
コーヒーの話の、第5回です。
前回は、母から届いた手回しミルを十六年回した話を書きました。今回は、その朝をずっと見ていた人たちの話です。
先に、ひとつだけ。うちの子どもたちは、コーヒーを飲んだことがありません。でも、淹れられます。

レコードのかわりに
子どもが生まれてから、朝は変わりました。生活のかたちごと変わった、というほうが近いです。
レコードを、かけなくなりました。いまは、レコードのある部屋と、コーヒーを淹れる部屋が別になってしまっています。起きたら、まずコーヒー。音楽は、後回しです。
そのかわり、と言っていいのか分かりませんが。
毎朝コーヒーを淹れている父親を、子どもたちはずっと見ていました。そうすると、やりたくなるんです。
二歳十ヶ月の、最初の仕事
この記事を書くのに、写真を遡ってみました。いちばん古いのは、上の子が二歳十ヶ月のときです。
最初にやってもらったのは、水出しのアイスコーヒーでした。アイスコーヒーには、熱く淹れて氷で急いで冷やすやり方もありますが、うちのは水出しです。粉を水に浸けて、一晩おく。火も、お湯も、使いません。
アイスコーヒーなら、この子にもできるんじゃないか。そう思ったんです。熱くないし、危ない道具も使わない。
使っていたのは、ハリオの「フィルターインコーヒーボトル」。ワインの瓶のような形のガラスのボトルで、内側に細長いフィルターが入っていて、茶色いシリコーンのふたをします。
やることは、こうです。
豆をスケールで計る。ミルに入れる。スイッチを押して挽く。挽けた粉を、ボトルの内側のフィルターに入れる。僕があらかじめコーヒーケトルに入れておいた水を、そこに注ぐ。最後に、茶色いふたを閉める。
これで、翌朝にはアイスコーヒーができています。ここまで、二歳でもできました。気をつけていたのは、ボトルがガラスだということ。そこだけです。

それが、この子の最初の仕事になりました。

「凹んだら」
そして三歳七ヶ月の朝。はじめて、お湯で淹れました。
動画が残っています。僕が淹れている、その隣です。おままごと用にお下がりにしたドリッパーと、僕がケータリングで使うサーバーとケトルを持たせて、並んで淹れました。
粉を見ながら、こう聞いてきます。——どうなったら入れるんだっけ。
凹んだら。
しばらく見ていて、——凹んできた。そう言って、両手でケトルを持ち上げて、注ぎました。
後半で「だっ!だっ!」と言っているのは、生まれて数か月の弟です。お兄ちゃんかっこいい、と言っているのかもしれません。
最初の難関は、お湯の入ったケトルの重さです。子どもがひとりで淹れるとき、いちばん苦労するのがここで、お湯を半分くらいにしてやらないと、持ち上がりません。だから、少しずつ足しながら注ぎました。

三歳で、ペーパードリップでコーヒーを淹れる。我が子ながら、ちょっと末恐ろしくないですか。
ちなみにアイスコーヒーは、あれからずっと、子どもの仕事のままです。仕事というより、楽しみですね。仕事と楽しみが、同じところにある。これは、すごくいいことだと思っています。
いまでは、二人とも上手に淹れます。

こうもりコーヒー、開店
それを見ていた妻が、こう言いました。——一度、出店してみてもいいんじゃない?
おかげ庵という場所で、年に一度開かれる、小さなイベントがあります。手作り感のある、子どもでも店を出しやすい集まりです。そこに、コーヒー屋を出しました。
店の名前は、こうもりコーヒー。
由来は、ズボンです。
上の子が、僕の妹の家からお下がりでもらった長ズボンがありました。それが、コウモリ柄だったんです。よほど気に入ったらしく、そればかり履いていた。それで、こうもりコーヒー。
あとから写真を見返したら、出店の日も、ちゃんとそれを履いていました。

一年目は、上の子が五歳、下の子が二歳のときでした。淹れる係は、上の子。あの電動ミルを会場まで持っていって、その場で豆を挽きました。豆は、出雲でいちばん好きな焙煎所のものです。四、五人分をまとめて淹れて、ポットにキープして、また淹れる。その繰り返し。

下の子は、もっぱら宣伝係でした。こうもりコーヒー、いかがですかー、と、大きな声で。二歳の声は、よく通ります。
一杯250円。その日の売り上げは、九千円ほどになりました。豆代を引いて、残りは二人のお小遣いです。
二年目のズボン

二年目、兄には小さくなったコウモリのズボンを、今度は弟が履いていました。コーヒーを、お客さんの席まで運ぶ係です。

二年目は、売り上げが少し下がりました。その日の気温が前の年より高くて、暑かったからかもしれません。暑い日に、ホットコーヒーはなかなか売れない。お客さんの数も、前の年より少なかったと思います。ただ、コーヒーそのものの腕は、二人とも上がっていました。僕調べですが。
飲んだことのない飲みもの
ひとつ、書いておきたいことがあります。
あの子たちは、コーヒーを飲んだことがありません。
味を知らないまま、淹れている。何を頼りにしているかというと、香りです。ドリッパーに顔を近づけて、鼻で確かめている。香りだけで、いまどうなっているかを見ている。
念のため書いておくと、お客さんに出す前の味は、僕が必ず確かめています。子どもたちが香りで淹れて、僕が味を見る。店では、そういう分担でした。


レコードは、別の部屋に行ってしまいました。ガリガリという音も、うちの朝からは消えました。
でも、あの一連の動きだけは、ちゃんと残っていたようです。
飲んだことのない飲みものを、香りだけで淹れる。母から段ボールで受け取ったものは、そういう形で、次に渡っていたようです。
つづく
次回は、母のミルの話とは別に、電動ミルの話を一本書きます。十六年手回しだった人間が、一台の機械にあっさり陥落した話。そして、いま選ぶとしたら何を選ぶか。道具の話として、ちゃんと書きます。
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今日の一曲
東京へ修行に行った最終日、大きなスターバックスのロースタリーで、子どもにデミタスカップを買いました。小さくて、取っ手がついていて、星の印がついている。当時の子どもは星が好きで、本人は「ラッキースター」と呼んでいました。そのカップで、牛乳をよく飲んでいました。
それで、この曲です。
作詞も作曲も、細野晴臣さん。2011年4月のアルバム『HoSoNoVa』に入っていた曲です。『HOSONO HOUSE』から三十八年ぶりの、歌が中心のソロアルバムでした。それから六年たった2017年11月、二枚組の『Vu Jà Dé』で、青葉市子さんとのデュエットとして、もう一度録り直されています。
本来は、久しぶりに会った誰かへ向けた歌です。きみは幸運の星だったのかもしれない、いままでどこにいたの、と問いかける。うちに来てくれたら、できないと思っていたメロディーが生まれそうだ、と続く。
子どもが生まれてからの朝のことを思うと、この歌が、そういうふうにも聞こえてしまいます。いままでどこにいたの。うちに来てくれたから、できないと思っていたことが、できるようになった。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。













