魚は、冷蔵庫に入れる前|料理人が見ていた、内臓・血・水分・時間
魚を美味しく食べるコツを聞かれたとき、
僕がいつも思い浮かべるのは、レシピではありません。
冷蔵庫に入れる、その前の数分間です。
店で魚を任されるようになってから、ずっと考えていたことがあります。
せっかくいい魚なのに、自分のせいで美味しさを損なうのが、一番嫌だった。
美味しくする技術の前に、美味しさを落とさない技術。
この記事は「魚は何℃で何日もつ」という表ではなく、魚を冷蔵庫に入れる前に、料理人は何を見ていたのかという話です。
見ていたものは、4つだけ。
内臓、血、水分、時間です。

ひとつ、お断りを。
この記事では、公的資料で確認できた事実と、僕が現場でやっていたことと、正解かどうか分からない試行錯誤を、はっきり分けて書きます。色つきの枠で見分けられるようにしました。

魚は、選べない形で届く
ピソリーノ時代、魚の仕入れは途中から「おまかせ」でした。
キロ単価と量だけ伝えて、魚種は市場と魚屋さんにおまかせ。
つまり、今日何が届くか、分からないんです。
届くのは、氷の入った発泡スチロールの箱。
そして届く時間は、こちらの都合に合わせてはくれません。
仕込みの真っ最中で、すぐに触れないこともあります。
そういうときは、発泡箱ごとバットに載せて、ウォークイン冷蔵庫——現場では「チャンバー」と呼んでいました——に入れて、時間をつなぎました。
箱の中の氷は、融けながら0℃前後を保ってくれます。魚の流通が昔から氷と一緒なのは、理にかなっているんです。
でも、氷があるからと安心して、箱のまま長く置くことはしませんでした。
理由は、次の章のとおりです。

忙しくても、ここまでは──最低限のライン

基本は、はっきりしていました。
毎朝魚が届くから、その日のディナーで使い切る。
だから朝は、どんなに忙しくても、鱗と内臓だけは先に済ませておきます。
そしてランチタイムが終わって手が空いたら、三枚におろして、すぐ使える状態にする(魚種によっては五枚に。カツオは普通の流れとは違うおろし方をすることもあります)。
この二段構えが、毎日のリズムでした。
ただ、翌日まで持ち越す魚も、ありました。
漁がお休みの日の前は、魚屋さんが翌日の分まで多めに持ってきてくれるんです。
そういう魚をしまうときは、ここまでやると決めていました。
- 鱗を引く
- 内臓とエラを出す
- 全体と、お腹の中の水気をペーパーで拭く
- お腹の中に、ペーパーをしっかり詰める
- ラップで包んで、冷蔵庫へ
「何もしないで冷蔵庫」と「内臓と水分までは済ませて冷蔵庫」。
この差が、次に触るときの魚をまったく別のものにします。
持ち越す魚は、この状態——鱗と内臓だけ済ませて、ペーパーを詰めて、ラップでぐるぐる巻き——のまま、翌日まで冷蔵庫で待ってもらいます。
先に三枚におろしたり、柵にしたりは、しません。手を入れるほど、空気や手に触れる面が増えて、鮮度は落ちやすくなるからです。だから持ち越す魚ほど、丸に近い形で。
※熟成させるときは、また別の考え方をします。その話は熟成魚の記事に書きました。
では、なぜ内臓なのか。なぜ水分なのか。
ここからは、公的な資料で確認できた「理由」の話です。
家庭の厚手ペーパーなら、これで十分です。
なぜ、内臓を先に出すのか

魚は、肉と比べて傷みやすい食材です。これは感覚ではなく、公的な資料に理由が書かれています。
公的資料より
水産物は畜肉と比較して「自己消化酵素の作用が活発」「水分量が多い」「肉質が弱い」。そして「腐敗しやすい内臓やエラが付いたまま流通する」ことが特性として挙げられています。
(北海道水産林務部『生鮮水産物鮮度保持マニュアル』平成19年)
つまり、丸の魚の中でいちばん傷みやすい場所が、内臓とエラ。
そこを早く取り除くことは、鮮度を守るうえで筋の通った手当てなんです。
そして内臓には、もうひとつ大きな理由があります。アニサキスです。
公的資料より
「丸ごと1匹で購入した際は、速やかに内臓を取り除いてください」
「アニサキス幼虫は、寄生している魚介類が死亡し、時間が経過すると内臓から筋肉に移動することが知られています」
予防は「-20℃で24時間以上の冷凍」「70℃以上、または60℃なら1分の加熱」。食酢、塩漬け、醤油やわさびでは死滅しません。
(厚生労働省「アニサキスによる食中毒を予防しましょう」)
内臓を早く出すのは、美味しさのためでもあり、安全のためでもある。
両方の理由で、公式に推奨されている手当てです。
お腹の中の水気を拭いて、ペーパーを詰めるのも、同じ流れにあります。
魚から出る水分——ドリップは、放っておくと生臭さのもとになり、菌が増える原因になると業界団体も注意しています(大日本水産会・魚食普及推進センター)。
内臓を出したあとのお腹は、水分がたまりやすい空洞です。
だから拭くだけでなく、ペーパーを詰めて、出てくる水分を受け止め続ける。厚手のキッチンペーパーが現場で手放せなかった理由のひとつが、これでした。
知らない魚は、料理人でも知らない
おまかせ仕入れには、おまけがついてきます。
さばいたことのない魚が、届くんです。
ある日、発泡箱を開けたら、あんこうが入っていました。
正直に言います。どうさばけばいいのか、分かりませんでした。
調べて、手を動かして、なんとか処理して。
年に数回届くうちに、覚えました。
「料理人なら何でもさばける」わけではありません。
知らない魚は、料理人でも知らない。
調べて、触って、覚えていくだけです。これは家庭でも、まったく同じだと思います。
血を、残したくなかった

魚の生臭さの正体のひとつは、血です。これも資料で裏が取れています。
公的資料より
血液中のヘモグロビンや筋肉中のミオグロビンは、酸化すると鉄臭さや生臭さを発生させる。また、しっかり脱血した魚は肉色が透明になり、脱血が不十分な個体はうっ血して赤褐色になることが実験で確認されています。
(北海道立総合研究機構/北海道『生鮮水産物鮮度保持マニュアル』)
だから僕は、アラや身に残る血を、できるだけ取り除きたかった。
そこで、こんなことを試していました。
僕の試行錯誤(正解かどうかは、分かりません)
氷を入れた食塩水に、アラなどを当てて血を出す。
冷たい塩水なら、身を傷めずに血だけ抜けるんじゃないか——そう考えてやっていましたが、どこまで効果があったのかは、正直分かりません。濃度も時間も、これという答えにはたどり着きませんでした。
あとから知ったのですが、魚介類を「海水程度(3%前後)の塩水」で洗うのは、和食で立て塩と呼ばれる定石でした。塩水で洗えば「旨味が逃げず、余分な水分も吸わない」と、塩の専門機関も説明しています(公益財団法人 塩事業センター)。
真水をだらだら当てない、という方向性だけは、合っていたようです。
ちなみに当時、電解水——食品の殺菌に使われる、電気分解で作る水——の機械を厨房に入れたいと思っていました(次亜塩素酸水として、国が食品添加物の殺菌料に指定しているものです)。結局、導入はかないませんでしたが、「魚を扱う環境ごと清潔にしたい」という気持ちは、ずっとありました。
ピチットは、置きっぱなしにしない
身にした魚には、ピチット(脱水シート)を使うことが多かったです。
浸透圧で、余分な水分と小さな生臭み成分だけをシートが吸ってくれて、旨味の成分は分子が大きいので身に残る——という仕組みのシートです(オカモト公式の説明より)。
ただ、僕には決めていたことがありました。
「余計な水分が取れたな」と思ったら、外す。
貼ったまま忘れない。置きっぱなしにしない。
長く貼りすぎると、水分が抜けすぎる感覚があったからです。
これは経験則のつもりでしたが、今回調べたら、メーカー公式サイトにこう書いてありました。
公的資料より
「脱水時間が長すぎると食材が乾きすぎてしまうことがあります」。生の刺身の目安は20分〜1時間(レギュラータイプ)。
(オカモト・ピチット公式サイト)
現場の感覚と、公式の注意書きが一致していて、少し嬉しくなりました。
水分を整えたあとは、真空にして保存することが多かったです。
ただし——「真空にすれば安全」ではありません。真空パックには真空パックの、静かなリスクがあります。ここは熟成魚の記事に詳しく書いたので、生食寄りの保存をする方は必ず読んでください。
ピチットには吸収力の違いがあって、魚には、おだやかに水を抜くマイルドが合います(肉なら吸収力の強いレギュラー)。僕が魚に使っていたのは、こちらです。
アラまでが、魚

丸の魚を仕入れる理由は、鮮度だけではありません。
身はお客さまの料理に。骨と頭は、ブロード(だし)に。
アラまで使い切って、はじめて丸魚の値段の元が取れる、という感覚でした。
アラをだしにする前の下処理は、和食の霜降りと同じです。
熱湯にさっとくぐらせて、血合いやぬめり、残った鱗を落とし、冷水で洗う。
嫌な風味のもと——特に血——を先に落としてから、煮出す。ここでも結局、見ているのは血と水分でした。
ちいさなコラム:内臓の行き先
家庭で丸魚をさばくと、内臓のゴミ問題がついてきます。うちでは、内臓は袋に入れて冷凍し、ゴミの日の朝に出します。保存ではなく、匂い対策。じつはこの方法、自治体の公式サイトでも案内されています(京都府「生ごみを密閉して冷凍庫に保存すると匂いを防げます」)。食品と区別して、密閉だけしっかりと。
家庭では、全部やらなくていい

ここまで読んで、「家で丸魚はハードルが高い」と思った方。
そのとおりです。店と同じことを、家庭でやる必要はありません。
多くのスーパーや魚屋さんでは、購入した魚の下処理——内臓出しや三枚おろし——をお願いできます(店舗により対応は異なります)。
おすすめしたいのは、そのときに「アラも一緒にください」と言うことです。
プロに下処理をしてもらって、だしの素材だけ持って帰る。いいとこ取りです。
僕自身は、丸の魚か、釣った魚が好きです。
最初から自分でやると、自分で責任が持てるから。
でもこれは僕の性分の話で、誰かの処理を疑う話ではありません。
切り身は、パックのままにしない
切り身を買った日にできる、いちばん簡単な手当てはこれです。
- パックから出す
- ドリップ(周りの水分)をペーパーで拭く
- 1枚ずつ、ラップを密着させて包む
- 冷蔵庫の低温の場所(チルドなど0℃に近いところ)へ
切り身は空気に触れる面が多く、鮮度が落ちやすい形です。ラップメーカーの公式の保存指導も、この「拭く→密着→低温」です(旭化成・サランラップ公式)。
何日もつか、は書きません。魚種も状態も店も違うものに、一律の日数は言えないからです。
言えるのは、温度が低いほど鮮度の落ち方はゆるやかになる(公的な実験で確認されています)ということと、早めに食べ切ること。この2つだけです。
まとめ──美味しさを落とすものから、考える

魚の扱いで僕が見ていたのは、内臓、血、水分、時間。
どれも「美味しくする」ためのものではありません。美味しさを落とすものを、先に取り除くためのものです。
- 内臓とエラは、いちばん傷みやすい場所。早く出す(安全のためでもある)
- 血は、生臭さのもと。洗うなら海水程度の塩水で
- 水分は、拭く。お腹にはペーパーを詰める。抜きすぎもしない
- 時間は、かけない。すぐ触れないなら、氷と低温でつなぐ
これだけ覚えて帰ってください。
魚の美味しさは、レシピの前に、冷蔵庫に入れる前の数分で決まる。
いい魚に出会ったら、その数分だけ、丁寧に。
あとは冷蔵庫と、あなたの料理の出番です。
今日の一曲
おまかせ仕入れの発泡箱は、開けるまで何が入っているか分かりません。
真鯛の日もあれば、さばき方の分からないあんこうの日もある。
蓋を開けるあの瞬間だけは、仕込みに追われた日でも、少しだけ胸が高鳴りました。
僕にとってあの箱は、氷の詰まった宝箱でした。
だから今日は、宝島の歌を。
歌っているのが、魚の名前を持つバンドだというのも、この記事にはちょうどいい気がします。
宝箱を開けたあとの仕事は、地味です。鱗を引いて、内臓を出して、水気を拭いて。
揺れたり震えたりしながらでも、丁寧にやる——毎朝、その繰り返しでした。
だからこの部分が、僕には仕込みの歌に聞こえるんです。
このまま君を連れて行くよ
丁寧丁寧 丁寧に描くよ
揺れたり震えたりしたってサカナクション「新宝島」(作詞・作曲 山口一郎)より
本日もお読みいただき、ありがとうございました。













