【出雲と大阪、3人の鍛冶屋】20年イタリアンの料理人が、特注で持っている和包丁の話
こんばんは、ひろしです。
今日のテーマは、和包丁の話です。
前編で書いた、20年使い続けてる Misono の包丁——あれは、洋包丁の話でした。
今日はその続き。
洋包丁とは違う、土地と人の物語が、和包丁の世界には、あります。
説明していきます。
洋と和、量産品と特注
前編の Misono は、量産品でした。
どこの料理人でも買えて、どこの台所でも使える。
20年使ったぼくにとって、それは合理的で、ありがたい相棒でした。
今日の話は、その対極にある世界です。
特注の、和包丁。
土地と、人と、時間が絡む、3本の刃物の話です。
両刃と片刃、たったそれだけのちがい
イタリア料理と、日本料理。
遠く離れているようで、ひとつだけ、確かに重なるものがあります。
生魚です。
イタリア語で「カルパッチョ」というのは、もともと「薄切り」という意味で。
生魚も、生肉も、ぜんぶ含みます。
だから、ぼくの仕事の中にも、ずっと、魚を捌いて、薄く引く作業がありました。
そこで使っていたのが、筋引きでした。
洋包丁の中でも、薄刃の細身の一本。3枚や5枚におろすときは短めの、刺身に引くときは長めの筋引き。
何年も、それでやってきました。
でも、いつも、どこかで、ずっと思っていたのです。
「和食屋さんの刺身みたいには、ならないなあ」と。
うすうす、包丁の「しくみ」がちがうんだろう、と感じてはいて——
でも、なかなか、買うまでには至らなかった。
洋包丁は、基本「両刃」。
和包丁は、基本「片刃」。
たったそれだけの違いだったのです。
でも、これが、とても大きな違いでした。
両刃は、刃が両側から斜めに出ている。
片刃は、片方はまっすぐ(正確には、ほんの少しだけ反っている)で、もう片方だけが、斜めになっている。

絵に描くと、一目瞭然。
角度が、圧倒的にちがいます。
これが、僕が長いあいだ感じていた、洋包丁と和包丁の差でした。
そして実際に買ってみて、やっぱり、と思いました。
捌くときも、骨に残る身が、最小限になる。
刺身を引いたときも、ちゃんと、角がたつ。
僕がカルパッチョにずっと求めていたのは——
和包丁だったんだ、と。
そのことに気づかされた、瞬間でした。
2016年、出雲に来てから
ぼくは大阪で生まれて、北陸3県と新潟で、10年以上、料理を学びました。
洋包丁の現場で、ずっとやってきた20代でした。
2016年の初め、島根県の雲南市に移住しました。
ワイナリー専属のシェフとして、出雲という新しい土地で、新しい時間が始まりました。
翌2017年、当時の市役所員だった、いまの妻と出会います。
結婚も、その年でした。
そこから、ふしぎと、和包丁との関係が始まっていきました。
1本目|出雲・高橋鍛冶屋の両刃 27cm(特注)


最初の和包丁は、出雲の 高橋鍛冶屋 に特注した、両刃の包丁でした。
教えてくれたのは、結婚したばかりの妻。
市役所員だった頃の縁で、こんなところに、こんな仕事をしている職人さんがいる、と。
連れていってもらった工房は、昔ながらの鍛冶屋でした。
熱した金属を、ハンマーで叩いて作る。
全国でも、もう数軒しかいないと言われる、貴重な仕事です。
「料理人だったら、自分専用の包丁、作れますよ」と、職人さんに言ってもらいました。
正直に言うと、お願いするとき、金額がどうなるのか、ドキドキしていました。
でも、見せてもらった見積もりは、想像していたよりずっと、良心的だった。
「料理人を、応援したい」という気持ちが、はっきり伝わってくる値段でした。
工房に伺った日のことを、短い動画にしました。
できあがった包丁は、牛刀でもない、菜切りでもない。
27cm の、ぼく専用の形の、両刃の刃物。
これは、ただの道具じゃない。
移住した土地で、出会った人と、出会った職人。
その関係そのものが、ひとつの刃に、込められている。
2本目|大阪・實光刃物の柳刃 1尺1寸(2018年・特注)


2本目は、大阪・堺の老舗、實光刃物。
業界に入れば、誰もが知っているメーカーです。
修行時代から、ずっと、その名前は知っていました。
でも、和包丁を持つ自分が、まったく想像できなかった。
洋包丁の現場で、ずっとやってきた人間にとって、和包丁は「いつか、別の世界の人が使う道具」だったんです。
2018年。
出雲に移住して、結婚もして、自分の店を意識するようになっていた頃。
ふと、實光刃物の柳刃を、特注で頼みました。
1尺1寸——約33cm の、長刃の刺身包丁。
鯛、ヒラメ、長い刃でしか出せない、引き切りのキレ。
修行時代、知っていたのに、ずっと届かなかった距離。
20年たって、ようやく、その距離が縮まりました。
3本目|出雲・石見岡光刃物の出刃(2019年)



出雲という土地に住むようになって、もうひとつ、自然に近づいた鍛冶屋がありました。
石見岡光(いわみ おかみつ)刃物。
製造しているのは、出雲市にある(有)岡田鉄鋼刃物さん。
「石見」は、島根の西側の、古い国の名前です。
出雲のあちこちで、よく目にしていました。
道の駅、地元のイベント、観光案内の冊子。
「ああ、いい仕事してるな」と、毎回、思っていました。
2019年。
ぼくは、魚を本気で扱うようになっていました。
出雲は、海と山に囲まれた土地です。
日本海から獲れる魚、宍道湖のしじみ、地元で育った野菜。
それぞれに、それぞれの道具が必要でした。
魚を、割く。
骨を、叩き切る。
出刃にしかできない仕事が、そこにあります。
それで、岡田刃物さんを訪ねたんです。
お話をして、刃を見せてもらって、購入を決めました。
2017年から2019年——出雲に来て、人と土地と関わるなかで、和包丁の必然性に、ぼくはようやく気づいたのだと思います。
和包丁を持つということ
量産品(前編の Misono)と、特注(後編の和包丁)。
どちらが優れている、という話ではありません。
Misono は、毎日の現場を、合理的に支えてくれる相棒。
鍛冶屋の和包丁は、ぼくと土地の物語を、ひとつの刃に閉じ込めた、特別な道具。
両方が、台所の主役です。
ふと思うのは、料理人と鍛冶屋は、似た仕事をしている、ということ。
職人さんは、熱した金属を、ハンマーで叩いて、刃を作る。
ぼくたち料理人は、その刃を、毎日研いで、使い続ける。
「叩いて作る」と「研いで使う」。
どちらも、長い時間と、繰り返しのなかで、ものを育てていく仕事です。
最後にひとつ、研ぐ話を — 経ってからたどりついた本質


20年使った包丁の話を、前編から書いてきました。
最後にひとつだけ、書き残したことがあります。
それは、研ぎの話。
包丁を研ぐには、砥石が要ります。
中砥(ちゅうど)と、仕上げ砥。
ぼくが普段使っているのは、有名どころのメーカーの、ごく普通の砥石です。
でも、研ぎでいちばん大事なのは——じつは、その砥石を 真っ平に保つこと でした。
修行時代、数えきれないくらい、先輩たちに研ぎ方を教わってきました。
でも、どの研ぎも、しっくりこなかったんです。
研いでも、研いでも、なぜか、最高の状態に届かない。
ずっと、悩んでいました。
ようやく、たどりついたのは——
2018年か2019年。
出雲に移って、和包丁を持ち始めた、あの時期でした。
きっかけは、自分で試行錯誤するなかで、ふと気づいたこと。
砥石は、使えば使うほど、真ん中が凹んでくる。
凹んだ砥石で研いでも、刃は真っ直ぐには研げない。
砥石を真っ平に保たないと、どんなに丁寧に研いでも、本質には届かない。
それを「面直し砥石(つらなおしといし)」という、専用の道具で、平らに削り直す。
このシンプルなことに、料理人になってから、15年以上、たどり着けなかった。
そのあと、YouTubeで、包丁研ぎ専門のチャンネルを見ました。
プロの職人さんが、まったく同じことを言っていたんです。
「やっぱり、これが本質だったんだ」と、確信しました。
20年やってきて、いちばん遅く気づいた、たった1つのこと。
経ってからたどりついた、本質でした。
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今日の1曲
今日の1曲は、忌野清志郎の「世界中の人に自慢したいよ」。
清志郎さんが、自分の娘さんに向けて、まっすぐ書いた歌です。
包丁の話と、つながるのかは、わからないけれど。
でも、今日はこの曲を聴きながら、ずっと書いていました。
3人の鍛冶屋に出会えたこと。
出雲という土地で、ちゃんと人と縁を結べたこと。
妻と、こどもと、自分のちいさなお店があること。
20年、料理人をつづけてこれたこと。
ぜんぶ、ぼくの、ちいさな自慢です。
清志郎さんの声で聴くと、その気持ちが、もう一度、まっすぐに、かえってきます。
きみとふたり 暮らせるのなら 他に何もいらない
毎朝 きみのすぐそばで 目を覚ますだけさ
あとは何も何もいらない 何もかもうまく運ぶさ
ぼくとふたり 暮らしておくれよ 生活を始めよう
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、おやすみなさい。
📷 La Feniceのケータリング・イベント出店のご依頼は 公式サイト から。Instagram でも料理の写真を、monocromia でぼくの個人アカウントもどうぞ。
