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炊きたてのご飯は、安全です。危ないのは、そのあと。修行時代に「リゾット・スタート」と呼んでいた仕込みの理由が、20年経ってセレウス菌を調べ直したら、やっと分かりました。台所の菌の話、第4回です。

こんばんは、ひろしです。

今日は、炊いたご飯と、茹でたパスタの話をします。加熱が終わった「そのあと」の話です。

先に、結論だけ

・「炊いたから安全」ではない。加熱を生き延びる芽胞がいる
・嘔吐型の毒素は、再加熱しても消えない
・五感では、判断できない
保温するなら、保温する。冷やすなら、早く冷やす。中途半端な温度を長く通らせない

リゾット・スタート

僕がやっていた「リゾット・スタート」の工程図解

レストランでリゾットを作るとき、注文が入ってからゼロから炊いていたら、お客さんを何十分も待たせてしまいます。だから営業前に、途中まで仕込んでおく。うちの現場では「リゾット・スタート」のような感覚で呼んでいた仕込みです。

工程は、こうです。

  1. 玉ねぎを炒める
  2. 米を加える
  3. 白ワインを加えて、飛ばす
  4. ブロード(だし)を少量加える
  5. 米がまだかなり硬い段階で、加熱を止める
  6. 大きなバットに、薄く広げる
  7. 木べらで溝を作って、表面積を増やす
  8. できるだけ早く冷ます
  9. 冷えたら小分けして、冷蔵

注文が入ったら、ここから続きを仕上げます。

当時の僕は、「セレウス菌対策をしている」なんて意識は、まったくありませんでした。品質を保つため。仕込みを安定させるため。早く仕上げるため。純粋に、料理の工程としてやっていたことです。

でも今回、セレウス菌について調べ直して、手が止まりました。あの工程、ぜんぶ理由があったんです。

「炊いたから安全」では、ない

芽胞は加熱を生き延びる(図解)

セレウス菌は、土の菌です。米や小麦などの穀類に、もともとある程度の割合で付いています。食品安全委員会の資料にある生米やめん類からの検出率は、6%から91%——ずいぶん幅がありますが、これは国も地域も米の種類も検査方法も違う、たくさんの調査を束ねた数字だからです。数字の幅より、どの調査にも共通していることが大事です。お米に付いていること自体は、珍しくない。ここでお米を悪者にする必要はありません。通常の菌量では、発症しないからです。

問題は、この菌が芽胞という固い殻の姿になれることです。芽胞は、90℃で60分の加熱にも耐えます。炊飯でも、パスタを茹でても、死なない。

そして加熱が終わり、ご飯やパスタがゆっくり冷めていく途中——菌が増殖できる温度帯(およそ10〜50℃)に長く置かれると、生き残った芽胞が目を覚まし、増え始めます。

この「加熱を生き延びて、冷める途中で目を覚ます」という手口、カレーのウェルシュ菌とまったく同じです。ウェルシュ菌もセレウス菌も、芽胞を作る菌。手口は同じで、現場が違うだけ。ウェルシュ菌の現場がカレー鍋の底なら、セレウス菌の現場は炊飯器のまわりです。

あわせて読みたい

低温調理は、どこまで安全なのか|「63℃30分」の表と、プロが立っている場所

芽胞と「殺すで勝負しない」考え方の基礎は、この記事に書きました。ウェルシュ菌の話もこちらです。

セレウス菌の、二つの顔

セレウス菌の二つの顔(嘔吐型と下痢型の対比図解)

ここが、この菌のいちばん大事なところです。セレウス菌の食中毒には、嘔吐型下痢型という、まったく性格の違う二つの型があります。

嘔吐型 下痢型
毒素ができる場所 食品の中 食べたあと、小腸の中
毒素と熱 126℃90分でも壊れない 56℃5分で壊れる
症状が出るまで 30分〜6時間 8〜16時間
主な症状 吐き気・嘔吐 腹痛・水様の下痢
主な原因食品 チャーハン・ピラフ・麺類 肉・野菜・乳製品など
日本での発生 ほとんどがこちら ごく稀

(食品安全委員会「セレウス菌食中毒」ファクトシートより作成)

下痢型は、食べた菌がお腹の中で毒素を作るタイプ。腸の中で毒素を作る点は、ウェルシュ菌と似たタイプです。

怖いのは、日本の事例のほとんどを占める嘔吐型のほうです。こちらは、食品の中で、食べる前に、毒素ができてしまう。そしてこの毒素(セレウリド)は、126℃で90分加熱しても失活しません。

つまり——「怪しくなったら、もう一度しっかり火を入れれば大丈夫」が、通用しない。菌は再加熱で死にます。でも、すでに作られた毒素は、チャーハンにして強火で炒めても、レンジで熱々にしても、消えないんです。熟成魚の記事で書いたヒスタミンと同じ、「作らせたら負け」の相手です。

再加熱は、万能ではありません。毒素ができる前に冷やす。それが本体です。

五感では、判断できない

五感では判断できない(図解)

「匂いを嗅いで、大丈夫そうだから食べる」——僕も家では、正直やります。でも、この判断はセレウス菌には使えません。

保健所の資料には、はっきりこう書かれています。「食中毒を起こすほど増殖しても、食品の臭いや見た目が変化することはありません」

腐敗と食中毒は、別のものです。腐敗は匂いや粘りで教えてくれることが多い。でも食中毒菌は、見た目も匂いも味も変えないまま、危険なレベルまで増えることがある。このシリーズで繰り返し書いてきたことが、ここでも同じです。感覚は「捨てる理由」には使える。でも「大丈夫の証明」には使えない。

実際に、海外ではこんな事例が報告されています。2008年、ベルギーで20歳の学生が、5日間キッチンに常温放置したトマトソースのスパゲッティを電子レンジで温めて食べ、その夜に亡くなりました。パスタからは嘔吐型のセレウス菌と、大量の毒素が検出されています(報告した論文は、死因をこの菌だけと断定はしていません。それでも「セレウス菌食中毒に関連した死亡例」として、世界中の教科書に載る事例になりました)。5日間の常温放置は極端な例です。でも、彼はレンジで加熱してから食べている。それでも間に合わなかった——毒素は熱で消えない、という話の重さが、ここにあります。

日本でも、ふだんの症状は吐き気と嘔吐で一両日で回復することがほとんどですが、食品安全委員会の資料には、2008年に家庭で調理された食品による死亡例が1件、記載されています。

あの仕込みに、理由があった

ここで、リゾット・スタートに戻ります。

厚生労働省の大量調理施設のマニュアルには、加熱後の冷却について、こう書かれています。「食中毒菌の発育至適温度帯(約20℃〜50℃)の時間を可能な限り短くするため、小分けするなどして、30分以内に中心温度を20℃付近まで下げる」。

バットに薄く広げるのは、表面積を増やして早く冷ますため。木べらで溝を作るのは、さらに表面積を増やすため。冷えたらすぐ小分けして冷蔵。——あの仕込みは、プロの衛生基準と同じことを、味のためにやっていたんです。

危険な温度帯を、だらだら通らせない。中途半端な温度に、長く置かない。菌の名前なんて知らなくても、美味しさを追いかけると、着地点が同じになる。カンピロバクターの記事で書いた「まな板がネトっとするから洗っていた」と同じ構図が、ここにもありました。

パスタについても、同じことが言えます。僕の現場では、パスタは注文ごとに茹でて仕上げていました。「大量に茹でて、常温に置いておく」という状況が、そもそも工程の中に存在しなかった。特別な対策をしていたのではなくて、調理の工程そのものが、危険な放置を生みにくい形をしていたんです。

炊飯器の「保温」は、温度管理だった

ご飯の温度の地図(保温・増殖域・冷蔵の位置関係)

じゃあ、家庭ではどうか。いちばん身近な道具、炊飯器の話をします。

調べてみて、面白いことが分かりました。家庭用炊飯器の保温温度は、メーカー公表値でおおむね60〜74℃。各社を並べると、こうなります。

メーカー 通常(高め)保温 低め・エコ系保温 低め保温の自動切替
象印 約73℃ 約60℃ 24時間で高め保温へ
三菱電機 約72〜74℃ 約60℃(たべごろ保温) 12時間(機種により8時間)で一定保温へ
タイガー 約72℃ エコ炊き保温=少し低め(具体温度は非公表)
アイリスオーヤマ 約75〜85℃

(各社公式FAQ・サポートページの公表値より。2026年8月時点。機種によって異なります)

セレウス菌が増殖できるのは、およそ10〜50℃まで。毒素が作られやすいのは25〜30℃あたりで、40℃以上ではほとんど作られません。つまり保温温度は、菌の増殖域のちょうど上に設定されている。低すぎれば菌の問題が出る、高すぎれば乾燥や黄ばみが進む——メーカーはその狭いあいだを制御しているんです。「保温」は、ただ温かくしておく機能ではなくて、温度管理そのものでした。

もっと面白いのは、低め保温(約60℃)の設計です。象印は24時間、三菱は12時間(機種により8時間)を超えると、自動的に高め保温へ切り替わる仕様になっています。低めの温度はご飯の品質には有利だけれど、低温のまま無制限には置かせない。——リゾットをバットに広げていた僕らと、炊飯器メーカーが、同じ方向を向いているんです。

ちなみに「低め保温やエコ保温は危険なのか」と心配になった方へ。取扱説明書の範囲で使うぶんには、危険とする根拠は見当たりませんでした。約60℃は、食品安全委員会が事業者の温蔵に求める「55℃以上」より上です。ただし72℃と比べれば温度の余裕は小さいので、メーカーが決めた保温時間の上限は守る。それで十分です。

いちばん避けたいのは、「保温を切って、釜の中」

家庭で本当に避けたいのは、これです。

ご飯を炊く → 保温を切る → 蓋を閉めた炊飯器の中に、そのまま置いておく。

釜の中のご飯は、何時間もかけて、ゆっくり冷めていきます。50℃から10℃までの増殖温度帯を、いちばんゆっくり通過する方法です。保温もしていない、冷やしてもいない。中途半端な温度の中に、ご飯が置き去りになる。

だから、整理はこうなります。

保温するなら、保温する(炊飯器に任せる。時間の上限は取説どおり)
冷やすなら、早く冷やす(浅く小分けして、粗熱が取れたらすぐ冷蔵か冷凍)
保温を切って、蓋をしたまま釜の中で冷ますのだけは、避ける

ご飯の置きどころは、ふたつだけ(まとめ図解)

冷やし方は、大げさな道具は要りません。厚労省も農水省も、家庭向けにはこう書いています。「浅い容器に小分けして、早く冷える形で保存する」。平らなタッパーやラップに薄く広げて包むだけで、リゾット・スタートのバットと同じことができます。長く保存するなら、冷蔵より冷凍。炊きたてを薄く包んですぐ冷凍すれば、味の面でもいちばん美味しい保存法です。

ひとつだけ付け加えると、冷蔵庫も無敵ではありません。セレウス菌には7℃以下でも増殖できる株の報告があるので、冷蔵での保存期間は欲張らないこと。ここも、熟成魚の記事と同じ結論になります。

まとめ ― 加熱した後をどう扱うかまでが、調理

炊いたから安全、ではありませんでした。茹でたから安全、でもない。

加熱は、たしかに菌を殺します。でも芽胞は生き延びるし、そのあとにできた毒素は、再加熱では消えない。だから勝負は、火を止めたあとの温度です。

加熱した後を、どう扱うかまでが調理。

リゾットをバットに広げていた頃の僕は、菌の名前をひとつも知りませんでした。それでも、美味しさを追いかけた工程が、ちゃんと安全の側に立っていた。20年やってきて、いまさら調べ直して、やっとその理由が分かる——料理って、そういうことの繰り返しなのかもしれません。

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刺身は、新鮮なほど美味しいのか?|熟成魚の旨味と、真空パックの静かなリスク

台所の菌の話、前回は熟成魚。「一度できたものは消えない」ヒスタミンの話も、この記事です。

コラム:余ったパスタは、焼くと美味しい

最後に、安全に保存できた場合のお楽しみをひとつ。

茹でパスタが余ったら、早めに冷やして冷蔵しておいて、翌日はそのまま温め直すだけでなく、トマトソースやホワイトソース、チーズをかけてオーブンで焼いてみてください。焼きパスタ、パスタグラタンです。ソースと和えた状態で余ったパスタでも、チーズをのせて焼けば立派な一皿になります。

念のため——これは「保存に失敗したものを加熱で救う」話ではありません。それは、この記事で書いたとおりできません。ちゃんと保存できたパスタを、翌日もっと美味しく食べるためのアイデアです。

今日の1曲

今日の一曲は、矢野顕子で「ごはんができたよ」。

菌の話を長々と書きましたが、結局この記事は「ご飯を美味しく、安心して食べるため」の話です。だから最後は、いちばん温かいごはんの歌で。

1980年のアルバム『ごはんができたよ』の表題曲。公式の音源です。

ごはんができたよって
かあさんの声がなつかしい
怒られてばかりいたけど
とうさんも元気かしら
 
淋しかったんだ きょうも
悲しかったのさ きょうも
ちょっぴり笑ったけど
それが何になるのさ
 
淋しかったんだ きょうも
悲しかったのさ きょうも
ちょっぴり笑ったけど
それが何になるのさ
 
つらいことばかりあるなら
帰って帰っておいで
泣きたいことばかりなら
帰って帰っておいで

矢野顕子「ごはんができたよ」(作詞・作曲 矢野顕子)より

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それでは、おやすみなさい。