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― この記事について ―

家庭用と業務用のラップは、どちらが上ということではありません。素材が違い、得意な仕事が違うだけです。20年以上いろいろ使ってきた料理人が、素材ごとの性格と使い分けを書きました。能力で一番と、現場で一番は、違います。

先に、結論だけ

こんばんは、ひろしです。

料理人になって驚いたことのひとつが、ラップをとんでもない量使うということでした。

ボウルを覆う。バットを覆う。包む。保存する。乾かないように一時的にかぶせる。一日でどれだけ使うんだろう、と最初は思ったものです。

家庭と業務では、求めるものが違う

先に、いちばん大事なところを書きます。

業務用が家庭用の上位互換、ということはありません。そもそも見ているところが違います。

  • 家庭 ── 使う量が少ない/置き場所が限られる/値段を抑えたい/扱いやすさ
  • 業務 ── 切りやすさ、丈夫さ、破れにくさ、吸水性、コスト、そして大量に使ったときのストレスの少なさ

最後のひとつが、現場ではけっこう効きます。一回の使いやすさではなく、何十回・何百回使っても引っかからないか。そこが違うんです。

サランラップの、好きなところ

家庭用でまず挙げたいのは、やはりサランラップです。

ある程度の厚みがあって、しっかりしていて、切りやすい。日常づかいとして、かなり使いやすいと思っています。

そして、この記事を書くために調べていて、面白いことに気づきました。

「冷凍に強い」の正体は、温度ではなかった

先にひとつだけ、材料の話をさせてください。ラップは製品によって素材が違います

サランラップやNEWクレラップはPVDC(ポリ塩化ビニリデン)という素材です。一方、ポリラップなどはPE(ポリエチレン)。スーパーで安く売られているラップの多くがこちらです。

そのうえで。サランラップは冷凍に強い、とよく言われます。数字を見ると、耐冷温度はマイナス60℃です。

ところが、同じメーカーが出している素材の比較表を見ると、PE製のラップはマイナス70℃と書いてあります。

温度の数字だけなら、安いPEのほうが上なんです。

では何が違うのか。冷凍で本当に効いているのは、耐えられる温度ではありませんでした。

酸素を通さない力と、水分を通さない力と、ぴたっと密着する力です。

メーカーの比較表には、「ラップがどれだけ酸素や水分を通してしまうか」という数字が載っています。通してしまう量なので、数字が小さいほど優秀です。

酸素を通す量は、サランラップ(PVDC)が62に対して、PEは17,000。つまりPEは、サランラップの270倍以上の酸素を通します。水分も、7.3に対して14で、およそ2倍。

ほかの素材も見てみると、業務用定番のPVCも酸素は1万台で、PEと同じくらい通します。耐熱王のPMPにいたっては桁違いに通す(測定できないほど)。つまり酸素を止められるのは、実質PVDCだけなんです。ここが、この素材の独壇場です。

PVDCはほとんど酸素を弾き、PEは多くの酸素を通してしまうことを比べた図

左がサランラップの素材、右がポリエチレン。通ってしまう酸素の量が違います

冷凍焼けというのは、要するに乾燥と酸化です。食材から水分が逃げて、酸素に触れて変質する。だから、マイナス何℃まで耐えるかより、酸素と水分をどれだけ通さないかのほうが効く。「冷凍に強い」の中身は、そういうことでした。

ついでに、ほかの性格も数字に出ています。伸びて貼りつく力は、PVCが公式に「伸縮性が特に優れている」とうたうとおりで、密着の数値もPVDCとPVCが抜けています。切りやすさはPVDCが断トツで、PEは60倍も切りにくい。百均のラップが箱の刃でうまく切れないのは、腕のせいではなく素材のせいです。

数字はメーカー公式の比較表からです。測定条件が違うと数値も変わるので、他社の表とは数字が一致しません。ただ、優秀な順番(PVDC → PVC → PE)はどのメーカーの表でも同じでした。

ただ、僕自身には忘れられない出来事があります

ここまで書いておいてなんですが、実は僕は、サランラップに少し懐疑的です。理由は、10年以上前のある出来事です。

ステンレスのポットに出汁を入れて、サランラップを貼って、冷凍庫へ。よくある保存のかたちです。

後日、取り出したら——ラップが割れて、破片が出汁の中に入っていました。

それ以来、冷凍でサランラップを使うことに、慎重になりました。

ただ、公平のために書いておきます。10年以上前の話です。当時使っていたのが本当にサランラップだったか、いまとなっては確実ではありません。材料も作り方も年々変わるので、いまは違うかもしれない。メーカーの公式情報にも、低温でフィルムが割れやすくなるという記述は見つかりませんでした。

それでも、一度でも出汁に破片が入れば、現場では致命的です。僕の中の警戒が解けていない、というだけの話として読んでください。

現場で使ってきた、業務用のラップ

飲食店で見かける箱、というのがいくつかあります。リケンラップ、ハイラップ、ダイアラップ、キッチニスタラップ(旧・日立ラップ)あたりは、見たことがある人も多いと思います。僕はいまリケンラップを使っています。

キッチニスタラップは、この記事を書いていて知ったのですが、昔の「日立ラップ」の名前が変わったものだそうです。日立ラップと言われれば、僕にはよく分かります。いまは業務用の小巻ラップでシェア一位(富士キメラ総研調べ)とのことで、それも納得です。

家庭用との違いは、まず長さです。家庭用が20mや50mなのに対して、業務用は100m巻きが普通にあります。そして箱に外向きの刃が付いていて、片手で引き出して切れる。

ボウルもバットも次から次へと覆っていく現場では、この差が積み重なります。

ただし、「業務用ラップはこれ一択」とは言えません。厚み、伸び、切りやすさ、密着性、箱と刃の使いやすさ、値段、長さ。どれを取るかで変わります。

そのうえで、僕のおすすめを挙げるなら、リケンラップか、キッチニスタラップです。どちらも現場で長く使われてきた定番で、よく伸びて、ぴたっと貼りついて、切るときに引っかかりません。

業務用ラップは、ふつうのスーパーにはあまり置いていません。でもいまは通販で普通に買えます。プロの現場のラップを一度試してみたい、という人には、ちょうどいい入り口だと思います。

ひとつ補足です。ラップの耐熱・耐冷の数字は、どの製品もパッケージの品質表示が出どころです(表示のルールに基づいてメーカー自身が記載しているもの)。ただ、その数字を公式サイトにも載せているメーカーと、箱にしか書いていないメーカーがあります。この記事では、ウェブ上で一次確認できたもの(サランラップ・キッチニスタなど)を「公式」と書き、箱の表示を販売店経由でしか確認できなかったものは「パッケージ表示」と書き分けています。数字が食い違っているという意味ではありません。

「業務用が正しい」ではない

家庭用にも、はっきりした良さがあります。

  • 厚みがあって、扱いやすい
  • 切りやすい
  • 箱がコンパクトで、引き出しに収まる
  • 少しずつ使いやすい

100m巻きの箱を家の引き出しに入れるのは、正直きついです。プロが業務用を使っているから家庭でも業務用を買うべき、という話にはなりません。

素材で見ると、性格が分かる

ここまでに出てきたラップ、実は素材がそれぞれ違います。まとめるとこうなります。

PVDC・PVC・PE・PMP・PO系多層、5素材のラップの箱とそれぞれの得意な使い方

5つの素材、5つの顔。箱はイメージです

ラップの5素材(PVDC・PVC・PE・PMP・PO系多層)の代表製品と性格をまとめた表

この記事に出てきたラップの、素材別プロフィール

酸素・水分の通しにくさ、密着性、切りやすさ、耐熱耐冷を4素材で比べた数値表

数字で見る素材の性格。オレンジが、その項目でいちばん優秀な素材です

耐熱・耐冷の数字はどれもパッケージの品質表示が出どころです。リケンラップ等はウェブに載せておらず箱でのみ確認できる数字、キッチニスタは公式サイトにも明記があります(信頼性の差ではなく、確認のしやすさの差です)。なお、各製品の「厚み」はどのメーカーも公表していないため、この表にも書いていません。

素材で見ると、それぞれの得意分野がはっきりします。保存はPVDC、現場のスピードはPVC、値段と気軽さはPE、熱はPMP。「一番いいラップ」が決められない理由が、この表に出ています。

能力で一番と、現場で一番は、違う

この表を作ってみて、あらためて分かったことがあります。

数字の上での王様は、間違いなくPVDCです。酸素を通さない力は桁違いで、保存の能力では他の素材が敵いません。

でも、現場で選ばれ続けているのはPVCです。リケンラップも、キッチニスタも、業務用小巻の定番はほぼ全部PVC。これは昔もいまも変わりません。

矛盾しているようで、していません。理由は単純で、現場では、長く保存したいものはラップではなく真空パックにするからです。

ラップに任される仕事は、ボウルやバットに短時間かぶせること。営業中に何十回、何百回と繰り返す作業です。そこで効くのは酸素を通さない力ではなく、よく伸びて、ぴたっと貼りついて、引っかからずに切れること。

表をよく見ると、面白いことに気づきます。PVCは、どの項目でも一番を取っていません。酸素は通すし、切りやすさも密着もPVDCに負ける。それなのに、現場の定番はずっとPVCです。

数字にならない総合力——伸びて、貼りついて、引っかからず、速く扱える——が選ばれている。まさに、数字ではなく手の感覚が選んできた素材なんだと思います。

そして、ひとつだけ数字で一番になるものがありました。値段です。1mあたりで比べると、業務用のPVC(100m巻)は4〜7円ほどで、実はいちばん安い。毎日何十メートルも使う現場で選ばれ続けてきた理由が、ここにも出ています。

能力で一番の素材と、現場で一番の素材は、違う。道具は、単体の性能ではなく、仕事の分担の中で決まるんだと思います。

整理すると、こうなります。

  • 飲食店は回転が速い。仕込んだものは数日で出ていくので、ラップの仕事はほぼ一時的な保存。だからPVCで足りるし、値段でも一番
  • 長期保存が要るものは、現場でもPVDCか、真空パックにする
  • 家庭は、ラップで長期保存までやることが多い。だから家庭の定番がPVDC(サランラップ)なのは、理にかなっている

逆に言えば、家庭でも「すぐ食べるものの一時的なカバー」と「長く保存するもの」を分ければ、安い素材と使い分けてコストを下げられる、ということでもあります。

ちなみに、真空パックの袋はどうなのか

「長期保存は真空パック」と書いたので、袋の素材にも触れておきます。あれはナイロンとポリエチレンを張り合わせた袋です。

実は、さっきの比較表の中にヒントがあります。PE単体は酸素を17,000通しますが、ナイロンを挟んだ3層になると880。一枚挟むだけで、桁が落ちるんです。そのうえ真空パックの袋は、ラップの7〜10倍の厚みがあります。

でも、真空パックの本領はそこではありません。そもそも、中の空気を抜いてしまうことです。酸化は袋の中の酸素で進みます。ラップが「外から入る酸素を防ぐ」勝負をしているあいだに、真空パックは中の酸素そのものを退場させている。だから長期保存の最終兵器は、いつだって真空パックなんです。

ラップの素材を、保存・気軽さ・熱・冷凍の4方向で位置づけたマップ

素材ごとの得意分野。「一番いいラップ」が決められない理由です

この記事で紹介したもの

家庭の定番。保存も冷凍も、これ一本で間違いがありません。

僕がいま現場で使っているのが、これ。よく伸びて、よく貼りつく100m巻です。

業務用小巻のシェア一位。旧・日立ラップ。スーパーにはあまり無いので、通販が早いです。

まとめ ― 一番いいラップを、決めなくていい

数字の王様はPVDC。現場の定番はPVC。安さと気軽さのPE、熱のPMP。それぞれ別の仕事の一番です。

冷蔵の保存か、冷凍か、大量の仕込みか、ボウルに短時間かぶせるだけか。「これは何に使うのか」から考えて、必要なところだけ少しいいものを使う。

プロ用を買えば料理が上手くなる、ということはありません。でも、自分の使い方に合った一本を知っていると、毎日が少しだけ楽になります。

今日の1曲

EGO-WRAPPIN’「色彩のブルース」です。

ラップの記事なので、エゴラッピンです。ダジャレです。すみません。

でも、選んだのがこの曲なのは、ダジャレだけではありません。この記事で書きたかったのは、どの素材が一番かではなく、それぞれに色があるということでした。数字で全部勝つ素材はないし、現場で選ばれる理由は数字の外にある。

「色彩のブルース」——タイトルが、そのまま結論です。

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それでは、おやすみなさい。